映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その2

 映画は観ても読書はしない、または読書はしても映画は観ない、という人は数多くいると思う。しかし、そのどちらも、いや、そもそも文化というものは必ず浅からぬ関係性を持っているものである。どちらかに興味が抱ければ、必ずもう一方にも興味を持てるはず……少なくとも筆者はその一人である。

 先日、そのような思いから原作への愛を感じる映画を5作紹介した。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ - 曖昧模糊な世界ーBlur Worldー

今回は前回紹介しきれなかった作品を、さらに5作紹介していきたい。

 【目次】

 

06.『海炭市叙景』(2010年)

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 小説家の佐藤泰志の同名短編集(1991年12月、集英社、のち小学館文庫)を熊切和嘉監督が映画化。「まだ若い廃墟」「ネコを抱いた婆さん」「黒い森」「裂けた爪」「裸足」の5編を中心に構成されている。佐藤の故郷である函館市をモデルとした「海炭市」で暮らす市井の人々の生活を描いている。短編集は未完で、海炭市の冬と春の季節を18の短編で綴っているが構想としては夏と秋の季節の作品もあったというが、佐藤の自死で遺作となった。

 佐藤は芥川賞候補5回、野間文芸新人賞三島賞候補にも挙がる才気あふれる作家であったが、若い頃から自律神経失調症にも悩まされ、1990年に41歳の若さで自死している。なお、佐藤の作品は近年『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『きみの鳥はうたえる』などが映画化されて再評価されている。

 熊切監督は2014年、モスクワ国際映画祭において桜庭一樹の小説を映画化した『私の男』で最優秀作品賞を受賞している映画界のホープだ。『海炭市叙景』ではミュージシャンとしても活躍する竹原ピストルが見事な演技をみせている。さらに、米ロックバンドのソニック・ユースにも在籍していたマルチミュージシャンのジム・オルークが劇伴を担当しており、北国の哀愁漂う世界観を繊細に表現している。

07.『コングレス未来学会議』(The Congress、2013年)

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 ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの短編『泰平ヨンの未来学会議』(Kongres Futurologiczny、1971年)をアニメーション映画『戦場でワルツを』(2008年)で第66回ゴールデングローブ賞外国語映画賞」を受賞したイスラエルアリ・フォルマン監督が映画化した、実写とアニメーションが入り混じった作品。

 難病の息子を抱えつつ女優業を続けるロビン・ライト演じる主人公が、大手映画会社・ミラマウントと俳優の絶頂期の姿をスキャンしてデジタルデータ化し、多くの映画にそのデータを用いて多額の契約金を受け取る代わりに女優業を引退させられる。その20年後、幻覚剤で理想の二次元での生活が送れるようになった世界で、ミラマウントはグループ会社のミラマウント=ナカザキが開発した薬物により誰でも彼女になれるようにするという契約を結ばせようと試みるが、それを阻止するレジスタンスとの戦いに巻き込まれ、幻想と荒廃した現実の間で思い悩む。

 『泰平ヨンの未来学会議』は泰平ヨンを主人公とした冒険を描いた、『泰平ヨンの航星日記』(袋一平訳、1967年、ハヤカワ・SF・シリーズ)などの『泰平ヨン』シリーズのディストピア小説スタニスワフ・レムと言えば、アンドレイ・タルコフスキースティーブン・ソダーバーグによって二度映画化された『ソラリスの陽のもとに』(飯田規和早川書房、1965年)が代表作として知られるSF文学界の大家。社会主義リアリズム作品を経て、SF作品、メタフィクションと時代によってその作風を変えながらもポーランド独特の言い回しなどで独自の世界観を持ち、世界中に多くのファンを持つ。

 アリ・フォルマンの監督作だけあって、サイケデリック感溢れるアニメーション世界と『フォレスト・ガンプ/一期一会』で一躍有名となった、ロビン・ライトの演技、ハーヴェイ・カイテルなどの脇を固める大物も言わずもがな素晴らしい。

08.『神の子どもたちはみな踊る』(All God's Children Can Dance、2008年)

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 いま最もノーベル文学賞に近い日本人と20年くらい言われ続けている、村上春樹の同名短編をロバート・ログヴァル監督が米国のアジア街を舞台に変え、映画化。ジェイソン・リュウが主人公を演じる。『パリ、テキサス』などに出演するドイツの名女優、ナスターシャ・キンスキーの娘ソニア・キンスキーのヌードも話題となった。

 村上春樹は、2010年にトラン・アン・ユン監督が映画化した『ノルウェイの森』(講談社、1987年)など世界的に人気のある作家として、文学に興味のない人でも毎年ノーベル文学賞授賞式の度にメディアで注目されるので名前だけでも知る人は多いだろう。個人的に彼は長編よりも短編の名手だと筆者は思っていて、今作はそれを改めて知らしめる作品となっている。

 『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社、2000年)は、1995年1月の阪神・淡路大震災に関わる人々の物語が6編収められている。映画化された表題作は、母親と二人で暮らす主人公が街で見かけた片耳たぶの欠けた男を直感的に父親だと信じて追っていく中で、幼少期の思い出などを回想しながら人生を見つめ直す。多少の設定の変更はあるものの原作通りに進んで行くストーリーは、ミステリー要素や哲学的思考、そしてエロティシズムなど平易なようでいて物語の世界観へと引き込むフックが不断に織り込まれており、飽きさせない。

 

09.『ガープの世界』(The World According to Garp、1982年)

 

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 米国の売れっ子小説家であるジョン・アーヴィングの同名長編(1978年)を、『明日に向って撃て!』などで知られるジョージ・ロイ・ヒル監督が映画化し、主人公ガープを今は亡き名優ロビン・ウィリアムズが演じた。

 ジョン・アーヴィングはSF界の重鎮カート・ヴォネガットに師事し、1968年に『熊を放つ』でデビュー。ちなみに同作は村上春樹が翻訳している。『ガープの世界』は4作目となる長編で、10万部のベストセラーになるとともに、1980年ペイパーバック部門の全米図書賞を受賞している。

 英作家チャールズ・ディケンズを敬愛している彼の作品は、出生からさらに親世代の人生までを描いていく、いわゆる“大きな物語”を描く19世紀のスタイルを踏襲した作風が最大の特長だ。今作では、フェミニストの看護師だった母親が子供は欲しいが結婚はしたくないという理由から戦争で被弾した意識不明の軍曹を利用し妊娠するという特殊な出生から物語は始まる。成長したガープは作家になるが、母親は自伝を出版しフェミニストの代表的存在となる。そのことで政治的運動の只中へと引き込まれるガープはフェミニズムへの不信を募らせ、妻と子どもたちを守るために奮闘する。

 性転換した元フットボール選手のロベルタ役を演じたジョン・リスゴーが素晴らしい。フェミニズムの台頭から今はネオリベラリズムが広がり、再びその反動としてのナショナリズムが猛威を振るいつつあるが、そういった政治的運動について、家族について、性について改めて考えさせられる作品だ。また、主題歌となっているビートルズの「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」も絶妙な演出をもたらしている。

10.『ザ・ロード』(The Road、2009年)

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 米現代文学を代表する作家コーマック・マッカーシーの同名小説(2006年)を、ジョン・ヒルコート監督が映画化したディストピアSFのロードムービー。大災害により文明を失ってから10年以上経ち、空は塵に覆われ寒冷化が進み動植物は死滅しつつある世界で生き残った人間は餓死するか自殺するかお互いを食い合う。そんな荒廃した世界で希望を捨てず父と息子が寒さから逃れるため南を目指し歩き続ける物語。『ロード・オブ・ザ・リング』で時の人となったヴィゴ・モーテンセンが父親を演じ、豪俳優コディ・スミット=マクフィーが息子を演じた。

 コーマック・マッカーシーは、ドン・デリーロフィリップ・ロストマス・ピンチョンと並び米現代文学を代表する作家だと言われている。今作『ザ・ロード』でピューリッツァー賞も受賞している。なぜ世界が荒廃しているのか一切説明がなく、ただ無法地帯となった世界で群れを成して略奪や人肉を喰らう悪しき者や弱き者、そして主人公たち親子はその中でも善き者であろうと人を助け南へと進む。人間の愚かさや子どもの持つ純粋さや父親の在り方などディストピアの中でのヒューマンドラマに心打たれる名作。ヴィゴの父親ぶり、コディのピュアさが際立っている。

 さて、ひとまず今回はここまで。改めてチョイスしていくと、まだまだ多くの紹介したい作品が数多く存在していることに気づかされる。機会があればどんどん紹介していきたい。また、今後は映画だけではなく、原作自体の素晴らしさもどこかで語れればとも考えている。映画とともに原作にも興味を抱いてもらえれば幸いである。