映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~

 皆さんは読書が好きだろうか? 昨今はスマホなどの携帯端末の普及で動画配信のサービスが興隆し、活字離れが嘆かれて久しい。電子書籍などもようやく普及してきている感があるが、まだまだ一般的とは言い難いようだ。とはいえ、アニメもドラマもその多くに原作という物語がある。そこに映像美や役者の芝居などが加わり名作として昇華するところにエンターテインメントの素晴らしさもあるのではないか。今回は個人的に小説を執筆している筆者が、ぜひ読書が好きな方々にお勧めしたい映画を紹介していきたい。

 もともと筆者は小学生の頃、地元のテレビで年越しに毎度のように放送されていたリュック・ベッソン監督の名作『レオン』(1994年)のゲイリー・オールドマン演じる、悪徳刑事スタンスフィールドの格好良さに度肝を抜かれて以来、映画(主にミニシアター系)を観まくった後、細田守監督の『時をかける少女』が筒井康隆の短編を映画化したものだと知ってから――全くミニシアター系ではないが(汗)――、映画原作の小説にのめり込んで遂には自ら書くようになってしまった経緯があるのだ。今回は小説に目覚めた筆者が改めてその原作と映画の絶妙な関係、原作への愛を感じる作品をピックアップした。
【目次】

01.『ジェイン・オースティンの読書会』(The Jane Austen Book Club、2007年)

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 本作は、2008年に『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』の原案を担当、第81回アカデミー脚色賞にノミネートしたロビン・スウィコード監督の長編デビュー作。米小説家のカレン・ジョイ・ファウラーKaren Joy Fowler)原作のヒューマンドラマだ。英女性作家ジェイン・オースティンの6作の長編をさまざまな境遇を持つ6人が受け持ち、それぞれの見解や論評を披露していく読書会を通し、それぞれが人生を改めて見つめ直しながら一歩踏み出してゆく。

 2004年に、ファウラーは『What I Didn't See』でアメリカSFファンタジー作家協会 (SFWA) が主催するSF、ファンタジー小説ヒューゴー賞と並び、大きなネビュラ賞で「短編小説部門賞」を獲得している。デビュー時からSF作品の書き手であったようだが、今作がベストセラーになったほか、2014年には『私たちが姉妹だったころ(We Are All Completely Beside Ourselves)』でペン/フォークナー賞を受賞するなど現代文学作品も執筆している。本作で登場する唯一の男性会員であるグリッグはSFオタクであり、そこに彼女のベースであるSFのエッセンスが散りばめられているのも作品のフックとなっていて面白い。

 また、『プラダを着た悪魔』(2003年)メリル・ストリープのアシスタント役を演じ、ブレイクしたエミリー・ブラントが既婚者でありながら、生徒との恋愛に思い悩むフランス語教師役プルーディーを演じており、とても魅力的な点も筆者は押していきたい。

02.『薬指の標本』(L' Annulaire、2005年)

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 芥川賞作家、小川洋子の同名原作(1994年、新潮社)を仏映画監督のディアーヌ・ベルトランが映画化した。炭酸飲料の工場で働いていた、オルガ・キュリレンコ演じる主人公イリスは、作業中の事故で薬指の先端を切断してしまう事故をきっかけに仕事を辞めて、知らない港町へと引っ越す。そこで人々が前に進む為に、思い出の詰まった物を標本にするという奇妙な仕事をおこなう、マルク・バルベ演じる標本技術士のアシスタントとして働くことになったイリスが標本技術士に惹かれ、やがて自分の薬指を標本にしてもらおうと決意する。不可思議な世界と、本作が映画初出演のオルガ・キュリレンコの美貌、マルク・バルベのダンディズム満点の大人の色香漂うエロティシズムが絶妙に重なり合った名作。

 小川洋子と言えば、2006年に映画化もされた『博士の愛した数式』(2003年、新潮社)で有名だが、2004年に芥川賞受賞作『妊娠カレンダー』(1991年、文芸春秋)の「夕暮れの給食室と雨のプール」の英訳版が『ザ・ニューヨーカー』に掲載されており、世界的にも知名度が高い。ちなみに、これ以前に同誌に日本の小説が掲載されたのは、村上春樹大江健三郎のみだった。昨年末、同誌が選ぶ「The Best Books」の2018年度版に村田沙耶香芥川賞受賞作『コンビニ人間』(2016年、文藝春秋)の英訳版が選出されて話題となったことも記憶に新しいが、小川は日本の女性作家として多和田葉子らとともに世界への扉を開いたパイオニア的存在と言えるだろう。

 今作は極めて原作に忠実に再現されており、小川の持つ世界観が映画作品としても十二分に世界的スタンダードになり得るということを見事に証明している。さらに、今作で初めて劇伴を担当した英ロックバンド・ポーティスヘッドのボーカルであるベス・ギボンスの音楽も相性が良い。

03.『素粒子』(Elementarteilchen、2006年)

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 仏現代文学を代表する小説家・詩人のミシェル・ウェルベックの同名原作(1998年)を独映画監督のオスカー・レフラーが映画化した作品。不勉強ながら、当時の筆者はこの映画によりウェルベックを知った。バルザックなどヌーヴォーロマンの系統を正当に継承しながらも、イスラム原理主義や現在の大学制度に対する問題などを浮き彫りにするような作風で国内ではノーベル文学賞に最も近いひとりと目されている。

 今作は、そんなウェルベックの処女長編。国語教師として働くブルーノだが、出版して文学者として華々しくデビューすることを諦めきれていない。加えて妻と子がある身でありながら性欲を押さえきれず、教え子への欲望で妄想が日に日に過激になっていく。ブルーノと異母兄弟であるミヒャエルは対照的に色恋に興味がなく、分子生物学者として日々研究に没頭していた。そんな二人が運命的な恋愛を通し、再会しそれぞれの明暗分かれる運命の歯車が回り出す。原作はフランスが舞台だが、今作はドイツが舞台となっているほかは原作に忠実に描かれている。

 ウェルベックの作品にも言えることだが、ユーモアあふれる表現が散りばめられており、クスクスと笑える一方、生殖や精神病や家族の在り方など普遍的で重いテーマを真正面から描いている為、ずっしりとした重苦しいものが後に残る感覚を覚えた。しかし、人生について改めて考え直すにはぴったりの作品となっている。ブルーノを演じる独俳優モーリッツ・ブライプトロイの演技は相変わらず素晴らしい。

04.『パプリカ』(2006年)

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 日本SF小説界の生ける伝説、筒井康隆の同名原作を2010年に急逝したアニメ監督の今敏氏がアニメ映画化した。『時をかける少女』といい、今作といい、筒井の作品はアニメとの相性が抜群である。もちろん、監督の手腕に拠るところが大きいのも確かだ。

 今作は、時田浩作の発明した夢を共有する装置(DCミニ)を使用するサイコセラピストのパプリカ(千葉敦子)が研究所から盗み出されたDCミニを悪用し、人々の精神を崩壊させる犯人をDCミニを使いながら追っていく夢と現実が複雑に絡み合う近未来SF。

 筒井は、心理学者の河合隼雄氏について著名人の評論を集めた『河合隼雄を読む』(1998年、講談社)の中で、河合氏に自身が人殺しをする夢について語ったエピソードを上げ、

しばしば見る夢の話を河合氏にお話ししたことがある。(中略)河合氏は「その≪殺した≫というのは、きっと自分自身でしょうね」と言われ、おれはあっと思った。

と話しており、今作でもパプリカのサイコセラピーを受けている刑事の粉川利美が夢の中で自身を射殺する場面があり、彼は刑事になる前に俳優になりたかったということを思い出すところは上記のエピソードによるものだろう。

 さらに、ミュージシャンの平沢進が手掛ける劇伴もこの奇妙な世界観を色鮮やかに彩っており、日本の誇る才人たちの共同作業によって生まれた奇跡の結実にため息が出るほどである。

05.『勝手にふるえてろ』(2017年)

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 最後は一昨年映画化された、芥川賞作家・綿矢りさの同名原作(2010年、文藝春秋)の恋愛物語を紹介する。会社の経理課に務める江原良香は、中学生の時から想いを寄せるイチ(一宮)への恋愛妄想で日々生きており、恋愛経験がない。毎日通勤途中に出会う道すがらの人々と他愛もないことを語ったりしている。そんな良香に想いを寄せる同僚のニ(霧島)から猛烈アピールを受け、同僚の来留美に相談しながら適当に付き合うが、ある時、中学の同窓会の案内を受け良香は再びイチへの想いを燃え上がらせる。


 綿矢りさは、今作の前にテレビドラマ化もされた、子役タレントの半生を描いた『夢を与える』(2007年、河出書房新社)にも言えるが、自分の世界に閉じこもっていた女性が一歩外に出て、現実に打ちのめされながら最後に光を与える物語を描いており、読後のカタルシスが凄いので作品のファンになる読者は多いだろうし、それが彼女の人気の一因でもある。

 しかし、この作品の良さは、ひとえに良香を演じた女優の松原茉優の演技にある。映画初主演とは思えないくらい、とにかく素晴らしい。これは観てもらえば分かると思う。ちなみに同作で『第42回日本アカデミー大賞』の優秀主演女優賞を獲得している。『恋するマドリ』(07年)、『でーれーガールズ』(15年)で彼女を起用し、3本目の仕事となる大久明子監督も「彼女が18歳で出会った時から完璧に、『松岡茉優』でした。松岡さんとは3本目。無茶な脚本を渡しても一緒に闘ってくれるという安心感もありました」と制作時に語っている。

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 ミュージカルの要素も盛り込まれているので、ハロープロジェクトハロプロ)の大ファンを公言している彼女の歌とダンスにも生き生きとした活力を存分に感じられる。

 

 いかがだっただろうか。2000年代の作品に偏ってしまったが、今後は新しい作品や古典のような作品も紹介していきたいと考えている。読書に興味のない方も、筆者のようにこれらの映画を観てから原作に興味を抱いてもらえれば光栄である。