BFC3感想【Cグループ】

ブンゲイファイトクラブ3の感想を引き続き書いていく。BFCについてはhttps://blog.hatena.ne.jp/blurmatsuo/blurmatsuo.hatenablog.com/edit?entry=13574176438036270403を参照にしてほしい。

「超娘ルリリン しゃららーんハアトハアト」首都大学留一

初読で一体なにを読まされているんだ! という驚きに圧倒される。もう一度読むと、細やかな描写が丁寧に書かれていることに意味を見出そうとするが、やはり全てが超越した何かであることしか分からない。漫画のキャラを連想させるような描写ながら、ルリリンは除湿マットを外に干して取り込むという細やかな気遣いができるという点が微笑ましい。しかし、それは序盤だけでマリリンがステキステッキを引き抜き、ハアト部位が赤く発光する場面を見た語り手が、昼と夜が早送りのコマのように一瞬で過ぎ去る時間軸の中に捉えられるというハチャメチャな展開で一気に独特の世界観を掲示する。明滅する昼と夜を□■という視覚的な図形を取り入れる野心も、六枚という限定された範囲の中でその怪文じみた効果を加速させている。そしてこれだけ途中に「昼夜□■ひるよる」という不規則な羅列を挟みながらも、オチまで読ませて面白いという力業を成し遂げるあたりに狂気を感じた。

「中庭の女たち」コマツ

まるで絵画や彫刻のような美術作品のように、いつの間にか作品世界に引き込まれて現実との境目が曖昧になるような感覚に陥る。それは丁寧に積み重なる描写と、絶妙な視点移行によるものか。さらに、そこに加えられる歴史と想像を掻き立てる余白は読者への没入感をいっそう深めている。添乗員の解説とわたし、中庭の女たち、ガラスケースに中にある象牙の珠、すべての境界が交わる浮遊感は読後の心地良さへと繋がる。

「バックコーラスの傾度」堀部未知

「超娘ルリリン~」のド派手さや「中庭の女たち」の幻想的要素はなく、日常的な描写や華やぐエンターテインメント性もない、この絶妙な合間にある現実を舞台裏や端役にも満たないファンの心理で描き切ったところに感服する。にもかかわらず、この作品を印象深くしているのは、その独特のネーミングセンスにその一端がある。ともさかと呼ばれる猫の名前、語り手がバックコーラスのオーディションを受けたムード歌謡グループ「夕陽に吠えるいつか&まっちうりーず」、「砂」というバス停、そのシチュエーションも「焼いたチーズケーキを凍らせてすりおろす」という内容のオーディションという奇天烈怪奇でありながら、どこか自然にも思える絶妙さである。ここで語られるエレファントカシマシ宮本浩次のスタイルについての批評めいた言及が、幻想小説とも違う世界観の掲示となっている。しかし、最後に椅子を犬のように見ていた語り手がその吠え声を聞き、それがスタンドマイクに見えてバックコーラスの傾度を探るという一文でこれが妄想なのか、という問いが生まれ、再び冒頭に戻ると新たな側面が現れる。

「銘菓」左沢森

会話文のような印象がありながら、その中に情景が浮かぶという、かなり高度な言葉選びに脱帽。――いつ見てもパトロール中の交番のその奥に十月を匿って――というような、突飛でいながら違和感のない繋がりも魅力的だ。その一方で、リノリウムの床、亀谷万年堂など存在感のある固有名詞もすっぽり収まっているところに驚きを禁じ得ない。日常的な感覚が短歌となるというのは、根っからの歌人であるのだろう。川合大祐の映像的な魅力と好対照で、作者の作品は情景的と言える。おそらく読者それぞれのイメージや共感を呼び起こすという意味で、読者を選ばず幅広い層に好まれるように感じた。

「やさしくなってね」白城マヒロ

西友で暴れ回る謎の生物、"それ"を咄嗟に身体を張って抑え込む幼い語り手。周りの人々はただ傍観するだけで、隣にいた語り手の母親も――お母さんに任せておくのはほんとうに心配だった――と幼い語り手に言わしめる程に頼りない。最後まで"それ"が何であるのか明かされないまま、語り手は強い関心と少しずつ芽生える情を抱きながらも、「頭の中で何度も何度も」それに対して暴力を振るい続ける。タイトルは皮肉なのか、純粋な作者の望みなのか、大きな問いを読者に投げかける。同じクラスの男児の目を気にして、教室で話しかけられた際にどう答えるか、イメトレするところなど細やかな心理描写が妙にリアルで良き。

「ロボとねずみ氏」紙文

生命とはなにか、心とはなにか、物語において人間以外を描く際に必ず大きなテーマとして対峙せざるを得ないと同時に、さんざん書き尽くされてきたこの問題と真正面から向き合っているところにまず敬意を表したい。じゃがいもから得られるエネルギーで自給自足的に動き続けるロボという発想も面白い。最後のオチまできちんと読者の盲点を突くべく計算され尽くされた起承転結で、六枚という限られた枚数での完成度は全作品の中でも一番の高さだと思う。