映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その6

 昨今はNetflixやAmazonPrimeで映画がより気軽に楽しめる環境となったので、実はひと昔前よりも映画や海外ドラマを観ている人口は増えているのではないだろうか。映画館で2時間じっとしていられず、スマホを触ってしまう若年層が増加していることが騒がれていたが、昭和時代にはスクリーンの前でタバコを吸ったり、話したりする観客が当たり前のようにいたものだし、海外の映画館でも日本ほどマナーを徹底しているところは少ない、それに安い。恐らく日本の映画チケットが高いために満足度が高くないとすぐにクレームになるのだろう。とは言え、本当に面白い作品はそんな外野の声は全く気にならない程に物語の中に鑑賞者を引き込む力がある。このシリーズでは、小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前5回で年代、邦画、海外作品問わず25作品を紹介してきた。

 今回もさらに5作品を紹介していく。

26.『武曲 MUKOKU』(2017年)

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 『ブエノスアイレス午前零時』(河出書房、1998年)で芥川賞受賞した小説家・藤沢周の同名原作を熊切和嘉監督が映画化。ヒップホップグループでラップを担当する高校2年生の羽田融は幼少期に溺れて生死を彷徨った過去を持つ。剣道部の顧問で住職の光邑雪峯は彼の中にある才能を見出し剣道部に引き込む。かつて屈指の剣道の達人として恐れられた父を決闘で植物人間状態にして以来アル中の矢田部研吾は名ばかりのコーチを務める剣道部で融と立ち合い、彼の中に父を見出す。

 藤沢周は世代間の交流を描くのがとても上手いと筆者は感じている。高校生の主人公を剣道へと導く老齢の雪峯、アル中で人生をあきらめている中年の研吾。あらゆる世代にリアリティを帯びさせるには相当の取材や洞察力が必要だ。武曲(むこく)は北斗七星に含まれる二連星の名前。星同士の距離が近く、かつ地球から離れているために地上からは一つの星に見える。本文で武曲という言葉は出てこないが、研吾と融の関係を例えこの言葉をタイトルにするセンスには脱帽。

 映画では羽田融を演じた村上虹郎が素晴らしい。矢田部研吾を演じた綾野剛の身体づくりも尋常じゃない。原作ではヒルクライムがフューチャーされていたが、今作ではオリジナルのHipHopライブも披露されていて格好良い。あらかじめ決められた恋人たちによるサントラも最高。熊切監督の音楽センスは本当に至高であると再確認。

27.『オールド・ボーイ』(Old Boy、2003年)

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 成人向け漫画誌漫画アクション」(双葉社)で1996年から1998年にかけて連載された土屋ガロン(作)、嶺岸信明(画)による漫画『ルーズ戦記 オールドボーイ』を韓国のパク・チャヌク監督が実写化。第57回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを獲得し世界的に評価され、2013年にはスパイク・リー監督によってハリウッドでリメイクされている。

 幼い娘の誕生日にプレゼントを片手に帰路に就いたオ・デスが突然誘拐され、個室に15年間監禁される。その中で催眠ガスで眠らされる日々に恐怖する彼は、体を鍛えながら脱出を試みるが、何の前触れもなく解放される。日本食レストランで出会ったミドと共に暮らし始めたオ・デスは「5日間で監禁した犯人とその理由を明かさなれば愛する女を殺す」と犯人からゲームを持ち掛けられ、復讐のために自分が監禁された理由と犯人を探る。

 オ・デスを演じた、チェ・ミンシクが良いおっさんぶりで渋い。ミド役のカン・ヘジョンもキュートで魅力的。ずっと不穏なまま物語が進み、結末もエグ過ぎて後味の悪さは韓国映画随一と言っても過言ではない。そういった韓国映画のイメージを決定づけた記念碑的作品だと筆者は思う。

28.『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)

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 スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによる推理小説『ミレニアム』(Millennium)をデンマーク出身のニールス・アルデン・オプレヴ監督が映画化。小説は「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」から成る三部作で、今作はその第一部「ドラゴン・タトゥーの女」を実写化している。2011年には、デヴィッド・フィンチャーによってリメイクされた。

 雑誌『ミレニアム』の発行責任者のミカエル・ブルムクヴィストは、実業家・ヴェンネルストレムの不正を記事にするが名誉棄損で訴えられ敗訴。『ミレニアム』から離れることを決意する。仕事が必要になったミカエルは、弁護士フルーデの紹介で大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルから36年前に一族が住む島から姿を消した少女ハリエット・ヴァンゲルの失踪事件の再調査の依頼を引き受ける。事件を調査し始めたミカエルは失踪事件が単なる失踪ではないことを突き止め、自分一人では手に負えないとフルーデから背中にドラゴンのタトゥーを入れた有能なハッカーであるリスベット・サランデルを助手として紹介される。

 ラーソンは2004年に心筋梗塞で急死しており、当初第五部まで構想があったという『ミレニアム』は彼の残したノートパソコンに下書きとして保存されていた第四部の途中までに及ぶ遺稿をノンフィクション作家のダヴィド・ラーゲルクランツが出版社の依頼を受け読み込み、第四部となる「蜘蛛の巣を払う女」を執筆。その後、第五部「復讐の炎を吐く女」、そして先日、最終章となる第六部「死すべき女」が刊行されている。なお、遺稿は反映されておらず、四部以降はラーゲルクランツの解釈によるオリジナルな作品となっている。

 筆者はミステリーの良き読者ではないが、廃業したジャーナリスト、由緒ある一族、少女の失踪、ハッカー陸の孤島旧約聖書と暗号…とこれでもかとミステリーの面白い要素を詰め込んで伏線を張りまくりながら結末へと持ち込んでいくその胆力に、物語自体の底力を感じた。

29.『ボヴァリー夫人とパン屋』(2015年)

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  英絵本作家ポージー・シモンズのグラフィックノベル『Gemma Bovery』を、『ココ・アヴァン・シャネル』で知られるアンヌ・フォンテーヌ監督が実写化。

 パン屋を営むマルタンは、愛読書であるフローベールの『ボヴァリー夫人』の登場人物の名前と同姓同名のジェマとチャーリー・ボヴァリー夫妻が隣に引っ越してきたことで彼らに小説と同様の人生を妄想する。そして、その妄想と現実が重なり、悲劇的な最後を迎える小説と同じことが起きないように奮闘することでより事態は混沌としていく。

 筆者はちょうどこの映画を観る前に『ボヴァリー夫人』を読了していたので、とても面白おかしく楽しめた。もちろん読んでなくてもある程度楽しめる作品だとは思うが、『ボヴァリー夫人』は、日本でいうと『人間失格』くらい誰でもある程度はその内容を知っている19世紀を代表するフランス文学の古典なので一度読んでおいても損はない。読了後の鑑賞をお勧めする。

30.『カッコーの巣の上で』(One Flew Over the Cuckoo's Nest、1975年)

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 米作家ケン・キージーが1962年に発表した同名原作をミロス・フォアマン監督がジャック・ニコルソン主演でメガホンを取った。第48回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と主要5部門を独占し、現在でも名画として知る人も多いだろう。

 ニコルソン演じるマクマーフィーが刑務所を逃れるために精神病患者を装い、精神病院に入院し、そこで患者たちを実験体のように扱う病棟の規則に反発し、精神病患者たちもマクマーフィーに段々と魅せられていく。

 とにかくニコルソンの演技が最高。社会に疎まれる人間が、小さなコミュニティでリーダー的存在になっていくという物語のカタルシスには爽快感があるとともに、この作品には、ラストにシリアスなシーンがあるところが色褪せない名画としての魅力とも言えるだろう。

 ケン・キージーは、ヒッピーコミューン『メリー・プランクスターズ』のリーダーとしても知られる。ビートニク文学を代表するジャック・ケルアックの『路上』に登場するジーン・モリアーティーのモデルとして知られるニール・キャサディの運転するサイケデリックな塗装のバス「FURTHUR号」で全米にアッシド・テストと称しLSDを広めるツアーをおこなった。1966年1月にはサンフランシスコで「トリップス・フェスティバル」を開催。入場者にLSDを配り、ジミ・ヘンドリックスグレイトフル・デッドなどが演奏し、サイケデリック・ロックのシーンを切り開いた。ビートニク文学が現代カルチャーに与えた影響は計り知れない。

 いかがだっただろうか。映画とともにぜひ原作の世界にも触れてより多角的に作品を楽しんで頂ければ幸いである。冒頭でも述べたが、今ではNetflixAmazonもオリジナルコンテンツを発表し、とても質の高いものが次々に生まれている。あまりの多さに何を観ればいいか分からない人々に、ささやかながら小さな灯火のようなガイドになれるよう今後も紹介していきたい。