BFC3感想【Bグループ】

ブンゲイファイトクラブ3の感想を引き続き書いていく。BFCについては前回

https://blog.hatena.ne.jp/blurmatsuo/blurmatsuo.hatenablog.com/edit?entry=13574176438036270403

を参照してほしい。

 

「金継ぎ」藤田雅矢

月を列車のように軌道を走る人工物として描くというセンスに脱帽。ピンセットでジオラマ模型を扱うような作業、掠奪団の襲撃、月の博物館と一つ一つのエピソードの挿入も展開として飽きさせない、テンポの良さと相まって読ませる小説としての完成度も高いと感じた。ただ、物体としてのスケール感がばらばらであるところには、個人的に引っ掛かった。月をピンセットで作業する巨人であるか、もっと巨大建造物的に放水車で汚れを取り除くダイナミクスを取り入れるか、その統一感があれば完璧だった。

「5年ランドリー」坂崎かおる

タイトルどおり、五年間回る洗濯機という発想で勝ちだなと思わされる。舞台設定が旧ソ連ノヴォシビルスク、ロシア内戦、大戦後の世界再編など健気に生きる幼馴染の物語に影を落とす、こうした題材のチョイスも作者の構成の妙を感じた。叔母さんが時代背景を物語ることで、存在感を示す楔のように語り手を場に留めているところが技術力の高さを窺わせる。五ヶ年計画で赤軍と白軍が戦った記憶もかき消される程に発展し、飢饉を逃れた人々が流入してくる都市の歴史と、伊出身俳優でボンドガールとして『007ロシアより愛をこめて』でボンドガールに抜擢されたダニエラ・ビアンキが結婚後に家族との生活を選ぶ経歴とは裏腹に、アメリカに渡ったまま帰らないヴィーチェニカを待つ語り手が最後に見た水色の魚が再び5年という歳月を思い返させるタイトルとの関連性も技術力の高さを感じさせた。ただ、全てが示唆的で作者は全て意図しているとしても、題材が六枚という分量に対して豊富で長編のサイドストーリー的な趣きを個人的に感じた。それは、いい意味でも悪い意味でも読み手の印象を変えやすい作品だと思う。

「第三十二回 わんわんフェスティバル」松井友里

現代の日常的な風景描写や、嫌味な受付の女性と怪しげな着ぐるみのキャラ造詣などリアリズムを徹底した文体の中で生きた犬が希少であるという価値観だけが異様に立ち上がっていることで印象深い作品に仕上がっている。さらに、その犬の描写は一切なく、チラシの散乱するさまや語り手の犬に対する希求感をありありと描くことで、犬を集めた「わんわんフェスティバル」が三十二回目を迎えるという、ある程度の伝統と好評さに対する不信感も払しょくされているところは物語としての完成度も高いと感じた。

「ちいさなリュック」薫

今大会の作品群の中で最も純文学的というか、語り手の心理描写で社会に通底するテーマを深く掘り下げた作品と感じた。語り手が渦中の一歩外に出た立場で少女の自死というショッキングな現場から再び無機質なネットカフェへと戻るという過程を切り取ったところも作者独自の視点や世界観を感じる。さらに、語り手がただの部外者ではなく、後半で防犯カメラの映像を通して亡くなった少女と自身の共通項を見出すところは、物語としての強度を補填して余りある。人づてに少女の安否を知らされて、遺族が取りに来る残されたちいさなリュックが物体として宿した雄弁性で締めくくるところに作者の“語ること”に対する問題意識を垣間見た気がする。

「沼にはまった」さばみそに

朝の通勤風景や、大学時代の親友との何気ないやり取りなどごくごくありふれた情景を切り取っているにもかかわらず、突如現れる透明の沼という怪奇現象の一点張りで全体としてかなり不思議な印象を与える。沼にはまった人間を誰も助けない人間に対する不信感、毎朝餌をやっていた猫だけが語り手を餌に脇目も振らず気にかけている猫至高な感性も柔らかい言葉遣いながら痛烈な印象を受けた。語り手が全生物に対して寛容で優しさに溢れている人格者であるところは、沼にはまることと関連するのか、長い物語としても膨らみそうな奥深さも感じた。

「フー 川柳一一一句」川合大祐

作者には第一回BFCで「ニルヴァーナ 川柳一〇八句」という煩悩と涅槃という仏教的世界観を感じさせるタイトルの川柳作品群でファイターとして出場していた時に強烈な印象を受けた。今作ではそれを上回る百十一句という怒涛の川柳群が圧倒的存在感を示す。筆者は川柳の良い読み手ではないが、サラリーマン川柳などで触れてきた川柳とは全く別の感触があることは肌で感じる。今作では――1.<あなた>という現象――など四つのサブタイトルが振られているところで、物語性を帯びていると筆者は感じたが、川合大祐氏のスペースで本作の解説を聞いたところ、「適当に付けた」という本人言でズッコケた。しかし、この適当さが何か意味を帯びているように感じさせる作者の言語能力の身体性の高さとでもいうべきものが唯一無二感を生んでいると改めて思うエピソードである。それはもちろんすべての句にも言える。みのもんたたのきんトリオといった芸能人からユングやスメルジャコフ、村上春樹といった文学関連、ランゲルハンス島やコルシカ島などの地名まで幅広い固有名詞とニッチな選び方も作者のセンスが光る。もう一点、筆者が感じる魅力は川柳でありながら非常に映像的な句が多いところだ。――ガチャピンに追われて投げる目潰し粉――、――ぶんか社の社訓を暗記する老婆――など無茶苦茶なシチュエーションながらありありとその映像が目に浮かんで思わず笑ってしまう。