映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その8

 コロナ禍による影響もあったが、『鬼滅の刃』の大ヒットでようやく映画館への客足も戻って来た。しかし、まだ終息への道筋は見えておらず第三波による医療崩壊も危ぶまれている。その反面、自粛期間中に普段は見ない古い映画を鑑賞したり、積読された分厚い本を読む機会もあったのではないか。これを機にそういったことを慣習化してみてはいかがだろうか。このシリーズでは、小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前7回で年代、邦画、海外作品問わず35作品を紹介してきた。

 今回もさらに5作品を紹介していく。

36.『嗤う分身』(The Double、2014年)

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 誰もがその名を聞いたことはあるが、作品は読んだことがないイメージの筆頭株であるロシアの文豪フョードル・ドストエフスキーの初期作品『分身(二重人格)』(1846年)の映画化。主人公ヤーコフ・ペトロヴィッチ・ゴリャートキンの前に突然うり二つの同姓同名を名乗る自分の分身が現れる。初めのうちは二人で協力して生きていけると思ったゴリャートキンだが、分身が周囲の信頼を勝ち得ていく様子を見て、自分が分身に利用されているのではないかと疑心暗鬼になりゴリャートキンは分身と次第に敵対していく。

 『ソーシャル・ネットワーク』で一躍有名になった米俳優のジェシー・アイゼンバーグが主人公と分身を一人二役で演じ、主人公が想いを寄せる女性を豪出身の女優ミア・ワシコウスカが演じている。監督は『サブマリン』で知られる英コメディアン、俳優、脚本家のリチャード・アイオアディ。

 『分身』は、ドストエフスキー作品の中で言えば全くと言っていいほど評価されていない。それは『カラマーゾフの兄弟』や『罪と罰』などリアリズムに沿った人間の内面や社会風刺を巧みに重厚な作品世界に落とし込んで描く彼の魅力に対し、この作品ではやや幻想的に傾向しているからかもしれない。しかし、それは映像作品としては、かなり魅力的なものになるということを実証してくれた作品と言ってもいいだろう。

37.『不夜城』(1998年)

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 『少年と犬』で今年7度目となるノミネートの末、直木賞を受賞した馳星周のデビュー作の映画化。リー・チーガイ監督がメガホンを取り、金城武が主演した。

 台湾人の父と日本人の母の間に生まれた主人公の劉健一(リウジェンイー)は、歌舞伎町の中国人裏社会にも馴染まず一匹狼のように生きていた。しかし、かつての相棒であった呉富春(ウーフーチュン)が上海マフィアのボス元成貴(ユエンチョンクイ)の右腕を殺害したことと、彼の元から逃げてきたという恋人の佐藤夏美と出会い、彼女に惹かれていく中で裏社会の抗争に巻き込まれていく。

 残留孤児や中国と台湾の関係など大きな国際的問題を背景に持ちながらも、東京の歌舞伎町でたくましく、それぞれが自身のアイデンティティを誇りに生きているが上に、分かり合えず、絶え間なく争い続ける悲哀が満ちている。ノワール小説の金字塔。

38.『プリデスティネーション』(Predestination、2014年)

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  米SF作家ロバート・A・ハインラインによる1959年発表の短編小説『輪廻の蛇』を原作に、マイケル&ピーター・スピエリッグ兄弟が監督を務め、イーサン・ホーク主演で映画化された。

 1970年、あるバーで若い男がバーテンダーに自身の生い立ちを語るところから物語は始まる。男は性転換を受けた元女性で、恋に落ちた紳士との間に子どもがいること、紳士は妊娠発覚前に立ち去ったこと、子どもが何者かに誘拐され行方不明であることなどを語る。男に同情したバーテンダーはタイムトラベルで男が憎む紳士の元に連れて行くことを申し出る。バーテンダーは、タイムトラベラーだった。

 初めの場面からタイムトラベルを重ねることによって徐々にピースが集まっていく、タイムトラベル・クライムサスペンスとして非常に娯楽性の高い作品。壮年から老齢まで演じるイーサン・ホークも見事。

39.『All you need is kill』(Edge of Tomorrow、2014年)

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 2003年12月に『よくわかる現代魔法』(集英社)でデビューした桜坂洋が翌年に発表した同名原作を『ボーン』シリーズで知られるダグ・リーマン監督、トム・クルーズ主演で映画化。

 日本のいわゆるラノベがハリウッド映画化されたということでも話題となった。桜坂のデビュー作はタイトルからも分かるように、ラノベの主要ジャンルであるファンタジーでコミカル要素の強いものだったが、今作は主人公キリヤ・ケイジが異星人の送り込んだ「ギタイ」と呼ばれる殺人兵器と戦う中で死んでは生き返るということを繰り返し、その記憶を有用して奮闘するというタイムループのSF小説となっている。

 RPG全盛期に育った世代としては、この死んだらリセットして、続きからラスボスを倒すまでやり直すという死生観はメタフィクションとして入り込みやすく、世界的ヒットにも繋がったのだろうと思う。

40.『ペンギンハイウェイ』(2018年)

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 『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)で山本周五郎賞を受賞した森見登美彦による同名原作をスタジオコロリドがアニメ映画化。アニメーション制作者の石田祐康が監督を務め、女優の北香那蒼井優西島秀俊らが声優として出演した。

 小学4年生の男子、主人公アオヤマが住む街で突如としてペンギンの群れが現れるという怪現象が起こる。普段から研究ノートをつけるほど、研究者気質であるアオヤマはこの現象を研究すべくペンギンたちの生態を調べ始める。そんな中、アオヤマが通う歯医者で働くお姉さんがペンギンを出現させる瞬間を目撃する。やがてアオヤマは友人の男子・ウチダ、同じクラスの女子・ハマモトとの3人で、ハマモトが発見した山奥の草原の上に浮かぶ謎の球体「海」の共同研究を始める。そして「海」とお姉さんとペンギンの関連性に気づく。

 森見は今作で第31回日本SF大賞を受賞している。物体がペンギンに変化するという怪現象も、軽快な文体、小学4年生の視点で描くことで物語に入り込みやすい構造になっている。アニメーションがこの世界にマッチするのも納得である。

 さて、この自粛期間で動画配信サービスはかなり普及したのではないか。映画作品がより手軽に、そして安全に楽しめるという意味でそれは喜ばしいことだろう。同時に映画制作が止まり、過去の名作が再び映画館で上映されるなどこの困難な時だからこそ、ふだん経験できない希少な機会も訪れている。まだ先への不安は拭いきれないが、絶望せずに生きる僅かな一助として先に紹介した作品が役立てば幸いだ。