映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その7

  世界中が新型コロナウィルスのパンデミックで混乱している今、自宅で過ごす最良の方法として動画配信などで手軽になった映画鑑賞を推奨したい。そこで興味を抱いたら、ついでに原作本を購入して読むふけるのもいいだろう。このシリーズでは、小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前6回で年代、邦画、海外作品問わず30作品を紹介してきた。

 今回もさらに5作品を紹介していく。

31.『ふがいない僕は空を見た』(2017年)

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 窪美澄による同名原作『ふがいない僕は空を見た』(2011年、新潮社)をタナダユキ監督が映画化。窪美澄は2009年に今作に含まれる「ミクマリ」で第8回R-18文学賞を受賞しデビュー。今作で第24回山本周五郎賞を受賞している。

 高校生の卓巳は同人誌即売会で知り合った人妻の里美とコスプレ・プレイで不倫していたが、同級生の七菜に告白され里美との密会を止める。しかし、ベビー用品売り場にいた里美を見かけ、卓巳は自分との子どもができたのではないかと慌てる。さらに里美の不倫に気づいた夫の慶一郎に寝室を隠し撮りされた映像がネットに上がる。卓巳の友人である良太がその映像の入ったコピーディスクをバラまいてしまう。そして卓巳は不登校になるが…。

 コスプレや不妊治療やネット、貧困問題など現代ではもはや固定化されてしまった社会問題を抱え苦悶する人々を10年前に、しかもデビュー作でここまで書けていたというのは凄いと思う。

32.『バロン』(The Adventures of Baron Munchausen、2003年)

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 実在したカール・フリードリヒ・ヒエロニムス・フォン・ミュンヒハウゼン男爵をモデルにしたドイツ民話『ほら吹き男爵の冒険』をテリー・ギリアム監督がファンタジーとして映像化した。

 ミュンヒハウゼン男爵は18世紀のプロイセン貴族。ロシアに渡り軍騎兵大尉まで昇りつめるが実家を継ぐためプロイセンに戻りそのまま余生を過ごした。彼は話好きで館に人を集めてはフィクションを織り交ぜた自身の体験談を語り、その話を何者かが記録したものが『ほら吹き男爵の冒険』である。しかし、その後19世紀に様々な作家が大幅に加筆を加えており100以上のバリエーションが存在するという。1943年、ナチス政権下のドイツでウーファによって『ほら男爵の冒険』として映画化されている。

 トルコに攻撃される18世紀後半のドイツを舞台に、ジョン・ネヴィル演じる老人バロンがこの戦争の原因は自分にあると主張し語られる回想録。4人の家来である俊足のバートホールド、遠目の射撃の名手アドルファス、驚異的な肺活量を持つ小人グスタヴァス、怪力の大男アルブレヒトの活躍から気球に乗って訪れた月での摩訶不思議な体験などファンタジー好きにはたまらない世界観。

 セルバンテスの大作『ドン・キホーテ』をベースにした最新作『テリー・ギリアムドン・キホーテ』を発表したギリアム。代表作『未来世紀ブラジル』のSF仕立ても魅力だが、筆者はやはり彼のファンタジー要素溢れる世界が好きだということを再確認した。

33.『きっと、星のせいじゃない。』(THE FAULT IN OUR STARS、2014年)

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 米作家ジョン・グリーンの青春小説『さよならを待つふたりのために』(The Fault in Our Stars、2012年)をジョシュ・ブーン監督が『(500)日のサマー』の脚本で知られるスコット・ノイスタッターマイケル・H・ウェバーの二人の共同脚本で映画化。

 小児がんに侵された主人公のは自分が周りに気を遣わせると壁を作っている。心配する母のががん患者のサークルにを連れていく。そこで骨肉腫で右足を失ったと出会う。つれない態度のにもめげずにフレンドリーに接してくるにも心を許していく。

 どうしてもシリアスになりがちな“がん”をテーマにしながらも恋愛と愛読書の作家が絡んでくることによって構えなくてもスッと入ってくる物語に好感が持てる。

34.『ゴーストライター』(The Ghost、2015年)

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  英ジャーナリストで作家のロバート・ハリスの『ゴーストライター』をロマン・ポランスキーが映画化。元英国首相のアダム・ラング(ピアース・ブロスナン)の自伝小説の執筆を依頼されたゴーストライターユアン・マクレガー)がフェリー事故で亡くなった前任者の原稿とアダムや関係者への取材を進めていく内に国家を揺るがす秘密を知り、その陰謀に巻き込まれていく。

 ジャーナリストだけあって政治的主題を取り扱いながらも臨場感と躍動感がある物語を作り上げるあたりは流石。ロマン・ポランスキーの恐怖を演出するカット割りも最高。日本の映画だと、政治はどうしても官僚的、組織的な物語になりがちで感情移入がしにくい。『新聞記者』はそういう意味で評価されたのだろう。

35.『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(2008年)

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 森博嗣の同名原作(2001年、中央公論新社)に続く長編5作と短編集からなるスカイ・クロラシリーズを押井守監督がアニメーションで映画化。映画では結末が異なるものの、『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』と『ナ・バ・テア None But Air』(2004年、中央公論新社)のストーリーが採用されている。

 戦争を会社が代理したり、年を取らない「キルドレ」というパイロットたちは感情を抑制されたような淡々としたゲームのような世界の中で永遠に生き続ける。そんな世界で新しく転属してきたパイロット函南優一(カンナミ・ユーヒチ)が基地の女性指揮官である草薙水素(クサナギ・スイト)と互いに意識し合い、彼らの感じる世界が少しづつ変わっていく。

 函南がバイクに乗って橋を渡り、パイを食べに店に行く描写は何か既視感あると思ったら『トップガン』(1986年)だった。女性指揮官とパイロットの関係といい、戦闘機ものの古典となっているのだろう。7月に続編となる『トップガン マーヴェリック』が公開されるのもその根強い人気の証左だ。

 まだまだ新型コロナの不安は解消されそうにないが、こういう時期だからこそ普段は娯楽として、“不要不急”のこととして捉えられている文化の大切さを再確認できるのではないだろうか。イベントやライブの自粛で存続そのものが危惧されるクリエイターや関係者の生活は、私たちが“遊び金”として消費しているその金銭で成り立っている。会社勤めの人が日々満員電車に揺られて出社するように、クリエイターは毎日作品について考え創り出し、イベント関係者は場所を確保し宣伝活動し何カ月、何年という月日をかけて一つの舞台を完成させる。この記事が非日常を彩る文化活動のかけがえのなさをいま一度考える一助になれば幸いだ。そういう“非日常”を楽しめる日常生活が戻ってくることを祈る。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その6

 昨今はNetflixやAmazonPrimeで映画がより気軽に楽しめる環境となったので、実はひと昔前よりも映画や海外ドラマを観ている人口は増えているのではないだろうか。映画館で2時間じっとしていられず、スマホを触ってしまう若年層が増加していることが騒がれていたが、昭和時代にはスクリーンの前でタバコを吸ったり、話したりする観客が当たり前のようにいたものだし、海外の映画館でも日本ほどマナーを徹底しているところは少ない、それに安い。恐らく日本の映画チケットが高いために満足度が高くないとすぐにクレームになるのだろう。とは言え、本当に面白い作品はそんな外野の声は全く気にならない程に物語の中に鑑賞者を引き込む力がある。このシリーズでは、小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前5回で年代、邦画、海外作品問わず25作品を紹介してきた。

 今回もさらに5作品を紹介していく。

26.『武曲 MUKOKU』(2017年)

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 『ブエノスアイレス午前零時』(河出書房、1998年)で芥川賞受賞した小説家・藤沢周の同名原作を熊切和嘉監督が映画化。ヒップホップグループでラップを担当する高校2年生の羽田融は幼少期に溺れて生死を彷徨った過去を持つ。剣道部の顧問で住職の光邑雪峯は彼の中にある才能を見出し剣道部に引き込む。かつて屈指の剣道の達人として恐れられた父を決闘で植物人間状態にして以来アル中の矢田部研吾は名ばかりのコーチを務める剣道部で融と立ち合い、彼の中に父を見出す。

 藤沢周は世代間の交流を描くのがとても上手いと筆者は感じている。高校生の主人公を剣道へと導く老齢の雪峯、アル中で人生をあきらめている中年の研吾。あらゆる世代にリアリティを帯びさせるには相当の取材や洞察力が必要だ。武曲(むこく)は北斗七星に含まれる二連星の名前。星同士の距離が近く、かつ地球から離れているために地上からは一つの星に見える。本文で武曲という言葉は出てこないが、研吾と融の関係を例えこの言葉をタイトルにするセンスには脱帽。

 映画では羽田融を演じた村上虹郎が素晴らしい。矢田部研吾を演じた綾野剛の身体づくりも尋常じゃない。原作ではヒルクライムがフューチャーされていたが、今作ではオリジナルのHipHopライブも披露されていて格好良い。あらかじめ決められた恋人たちによるサントラも最高。熊切監督の音楽センスは本当に至高であると再確認。

27.『オールド・ボーイ』(Old Boy、2003年)

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 成人向け漫画誌漫画アクション」(双葉社)で1996年から1998年にかけて連載された土屋ガロン(作)、嶺岸信明(画)による漫画『ルーズ戦記 オールドボーイ』を韓国のパク・チャヌク監督が実写化。第57回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを獲得し世界的に評価され、2013年にはスパイク・リー監督によってハリウッドでリメイクされている。

 幼い娘の誕生日にプレゼントを片手に帰路に就いたオ・デスが突然誘拐され、個室に15年間監禁される。その中で催眠ガスで眠らされる日々に恐怖する彼は、体を鍛えながら脱出を試みるが、何の前触れもなく解放される。日本食レストランで出会ったミドと共に暮らし始めたオ・デスは「5日間で監禁した犯人とその理由を明かさなれば愛する女を殺す」と犯人からゲームを持ち掛けられ、復讐のために自分が監禁された理由と犯人を探る。

 オ・デスを演じた、チェ・ミンシクが良いおっさんぶりで渋い。ミド役のカン・ヘジョンもキュートで魅力的。ずっと不穏なまま物語が進み、結末もエグ過ぎて後味の悪さは韓国映画随一と言っても過言ではない。そういった韓国映画のイメージを決定づけた記念碑的作品だと筆者は思う。

28.『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009年)

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 スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによる推理小説『ミレニアム』(Millennium)をデンマーク出身のニールス・アルデン・オプレヴ監督が映画化。小説は「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」から成る三部作で、今作はその第一部「ドラゴン・タトゥーの女」を実写化している。2011年には、デヴィッド・フィンチャーによってリメイクされた。

 雑誌『ミレニアム』の発行責任者のミカエル・ブルムクヴィストは、実業家・ヴェンネルストレムの不正を記事にするが名誉棄損で訴えられ敗訴。『ミレニアム』から離れることを決意する。仕事が必要になったミカエルは、弁護士フルーデの紹介で大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルから36年前に一族が住む島から姿を消した少女ハリエット・ヴァンゲルの失踪事件の再調査の依頼を引き受ける。事件を調査し始めたミカエルは失踪事件が単なる失踪ではないことを突き止め、自分一人では手に負えないとフルーデから背中にドラゴンのタトゥーを入れた有能なハッカーであるリスベット・サランデルを助手として紹介される。

 ラーソンは2004年に心筋梗塞で急死しており、当初第五部まで構想があったという『ミレニアム』は彼の残したノートパソコンに下書きとして保存されていた第四部の途中までに及ぶ遺稿をノンフィクション作家のダヴィド・ラーゲルクランツが出版社の依頼を受け読み込み、第四部となる「蜘蛛の巣を払う女」を執筆。その後、第五部「復讐の炎を吐く女」、そして先日、最終章となる第六部「死すべき女」が刊行されている。なお、遺稿は反映されておらず、四部以降はラーゲルクランツの解釈によるオリジナルな作品となっている。

 筆者はミステリーの良き読者ではないが、廃業したジャーナリスト、由緒ある一族、少女の失踪、ハッカー陸の孤島旧約聖書と暗号…とこれでもかとミステリーの面白い要素を詰め込んで伏線を張りまくりながら結末へと持ち込んでいくその胆力に、物語自体の底力を感じた。

29.『ボヴァリー夫人とパン屋』(2015年)

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  英絵本作家ポージー・シモンズのグラフィックノベル『Gemma Bovery』を、『ココ・アヴァン・シャネル』で知られるアンヌ・フォンテーヌ監督が実写化。

 パン屋を営むマルタンは、愛読書であるフローベールの『ボヴァリー夫人』の登場人物の名前と同姓同名のジェマとチャーリー・ボヴァリー夫妻が隣に引っ越してきたことで彼らに小説と同様の人生を妄想する。そして、その妄想と現実が重なり、悲劇的な最後を迎える小説と同じことが起きないように奮闘することでより事態は混沌としていく。

 筆者はちょうどこの映画を観る前に『ボヴァリー夫人』を読了していたので、とても面白おかしく楽しめた。もちろん読んでなくてもある程度楽しめる作品だとは思うが、『ボヴァリー夫人』は、日本でいうと『人間失格』くらい誰でもある程度はその内容を知っている19世紀を代表するフランス文学の古典なので一度読んでおいても損はない。読了後の鑑賞をお勧めする。

30.『カッコーの巣の上で』(One Flew Over the Cuckoo's Nest、1975年)

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 米作家ケン・キージーが1962年に発表した同名原作をミロス・フォアマン監督がジャック・ニコルソン主演でメガホンを取った。第48回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、主演女優賞、脚色賞と主要5部門を独占し、現在でも名画として知る人も多いだろう。

 ニコルソン演じるマクマーフィーが刑務所を逃れるために精神病患者を装い、精神病院に入院し、そこで患者たちを実験体のように扱う病棟の規則に反発し、精神病患者たちもマクマーフィーに段々と魅せられていく。

 とにかくニコルソンの演技が最高。社会に疎まれる人間が、小さなコミュニティでリーダー的存在になっていくという物語のカタルシスには爽快感があるとともに、この作品には、ラストにシリアスなシーンがあるところが色褪せない名画としての魅力とも言えるだろう。

 ケン・キージーは、ヒッピーコミューン『メリー・プランクスターズ』のリーダーとしても知られる。ビートニク文学を代表するジャック・ケルアックの『路上』に登場するジーン・モリアーティーのモデルとして知られるニール・キャサディの運転するサイケデリックな塗装のバス「FURTHUR号」で全米にアッシド・テストと称しLSDを広めるツアーをおこなった。1966年1月にはサンフランシスコで「トリップス・フェスティバル」を開催。入場者にLSDを配り、ジミ・ヘンドリックスグレイトフル・デッドなどが演奏し、サイケデリック・ロックのシーンを切り開いた。ビートニク文学が現代カルチャーに与えた影響は計り知れない。

 いかがだっただろうか。映画とともにぜひ原作の世界にも触れてより多角的に作品を楽しんで頂ければ幸いである。冒頭でも述べたが、今ではNetflixAmazonもオリジナルコンテンツを発表し、とても質の高いものが次々に生まれている。あまりの多さに何を観ればいいか分からない人々に、ささやかながら小さな灯火のようなガイドになれるよう今後も紹介していきたい。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その5

 「原作厨」という言葉をご存知だろうか。小説や漫画やアニメが映画などで実写化されることを極端に嫌う原作を至高の作品と考える人々を揶揄する言葉で筆者の感覚では『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開された2012年頃に一般的にも広まった気がする。筆者にもそういう偏った価値観が無いわけではないが、より幅広い層に一つの作品が波及していくには、様々なメディア展開がおこなわれるのは現代では有効な手段である。筆者は原作厨な人々とそうでない人の断絶を少しでも解消し、スマホなどのポータブルなデバイスに娯楽の全てが押し込まれるこの時代に様々なメディアで多くの人が作品を楽しみ、あらゆるコンテンツ制作者がもっと幅広く認知されることを願っている。このシリーズでは、そうした願いのもと小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前4回で年代、邦画、海外作品問わず20作品を紹介してきた。

 今回もさらに5作品を紹介していく。

 

21.『猟奇的な彼女』(My Sassy Girl、2001年)

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 1998年にパソコン通信「ナウヌリ(nownuri)」に連載されたキム・ホシクのネット小説をクァク・ジェヨン監督が映画化。韓国ブームの火付け役的コンテンツとなり、のちに日本でも同名でドラマ化され草なぎ剛田中麗奈が出演したほか、『猟奇的な彼女 in NY』としてハリウッドでもリメイクされた。

 今でこそK-POP韓国映画は世界的に認知されるようになっているが、筆者にとってこの映画は韓国カルチャーを知る大きなきっかけとなったことは間違いない。主演したチョン・ジヒョンがとにかく素晴らしい。彼女に振り回されるチャ・テヒョンも良い。猟奇的という言葉が“Sassy”=「かわいらしい、いたずらじみた」という意味を持つ修飾語として広まるほどツンデレな女性像が一般的になった、そのくらいエネルギーのあった作品。

 原作は2000年1月に書籍化され10万部を超えるベストセラーとなっている。2004年に公開された『僕の彼女を紹介します』はこの主人公の過去を描いたような作品となっており、こちらもヒットした。

22.『ランブルフィッシュ』(Rumble Fish、1983年)

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 米小説家S・E・ヒントンの同名原作をフランシス・フォード・コッポラが映画化。コッポラは同年に彼の『アウトサイダー』も映画化しており、それに続くタッグとなった。不良のマット・ディロン演じるラスティが憧れの兄、ミッキー・ローク演じるモーターサイクルボーイの失踪、帰還しての変質に戸惑う青春物語。

 とにかくミッキー・ロークが格好良い。さらに彼ら兄弟の父親を演じた若きデニス・ホッパーもすでに貫禄があって最高だ。本編はモノクロなのだが最後にコッポラの仕掛けがあり、度肝を抜かれた。ぜひ本編を観て確認して欲しい。

 S・E・ヒントンは、出身地であるオクラホマ州タルサを舞台にした処女作『アウトサイダー』(The Outsiders, 1967年)を16歳で書き上げ、18歳でデビューするという早熟の天才。ヤングアダルト(YA)という青春小説を新たな文学のジャンルとして開拓したパイオニアである。

23.『砂漠でサーモン・フィッシング』(Salmon Fishing in the Yemen、2011年)

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 英小説家ポール・トーディの小説『イエメンで鮭釣りを』(2006年)を原作に『スラムドック$ミリオネア』でオスカーを受賞した脚本家サイモン・ボーファイが脚本を務め、ラッセ・ハルストレム監督がメガホンを取った。

 ユアン・マクレガー演じる英国の水産学者アルフレッド・“フレッド”・ジョーンズが、イエメンの大富豪の鮭釣りプロジェクト依頼を受けたエミリー・ブラント演じる投資会社のコンサルタントのハリエット・チェトウォド=タルボットから話を持ち掛けられ、砂漠の地で鮭を放流するという無理難題に挑む。初めジョーンズは不可能だと断るが、英国と中東の関係修復の為にこのプロジェクトに目を付けた英国の首相広報官により国家プロジェクトに進展しジョーンズも一大決心をしてイエメンへと乗り込む。

 ジョーンズとハリエットの恋模様とともに、中東でのテロリストとの遭遇など社会的問題も描かれており見応えのある作品でさすがラッセ・ハルストレムは外さないなと、筆者は舌を巻いた。

24.『きょうのできごと a day on the planet』(2004年)

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(※YouTubeで何故か予告編が削除されていたので柴崎先生が『きょうのできごと』の10年後を書いた作品の話をアップしました。ご了承ください)

 大阪出身の小説家、柴崎友香の単行本デビュー作『きょうのできごと』(2000年、河出書房新社)を行定勲監督が映画化。第32回野間文芸新人賞を受賞した『寝ても覚めても』(2010年、河出書房新社)が昨年東出昌大主演で映画化され、同作は第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも出品されており、柴崎の作品は文字通り“映え文芸”なのかもしれない。

 今作は、京都の大学院に進学する柏原収史演じる正道の引越祝いに集まった田中麗奈演じる恋人の真紀、伊藤歩演じる親友のけいとと共に訪れた妻夫木聡演じる中沢がそれぞれの過去を回想しながら、その日一日に起こった出来事を描く。壁に挟まれて出れなくなった男を救出するレスキュー隊や浜辺に打ち上げられた鯨の実況中継などが並行的に推移していく。

 それぞれの関西弁のテンポもさることながら、淡々と三つのストーリーが展開されるところも、行定監督作品の醍醐味が出ている。筆者の印象としては、終盤で登場する池脇千鶴演じるちよが恋人の松尾敏伸演じるかわちとの動物園デートでぶち切れて去る場面がハイライト。

25.『シングルマン』(A Single Man、2009年)

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 ファッションデザイナーとして世界的に有名なトム・フォードの映画監督デビュー作。英小説家クリストファー・イシャーウッドの2001年の同名原作をコリン・ファース主演で映画化した。

 クリストファー・イシャーウッド自身ゲイであり、1986年に亡くなるまで30歳年下の画家ドン・バチャーディを生涯のパートナーとしていた。二人を追ったドキュメンタリー映画『Chris & Don. A Love Story』も2007年にリリースされている。

 今作はゲイの大学教授ジョージ・ファルコナー(コリン・ファース)が恋人の事故死を受け、自殺を決意した一日を描く。教え子であるケニー・ポッター(ニコラス・ホルト)がジョージを心配し接近する二人の関係がどうなるのか、はたまたジュリアン・ムーア演じるジョージの親友シャーロットとの最後の晩餐で縮まった二人の距離にも目が離せない。

 今作を観ると、改めてトム・フォードのセンスと教養を感じさせるし、何よりもどんな業界であれ世界でトップを取る人間はやはり共通するセオリーみたいなものがあるのではないかと考えさせられた。

 いかがだっただろうか。小説を書く人間としては、やはりその作品が映像化されることによって世界観が限定されてしまうのではないかと危ぶむ気持ちも多少あることは否めない。しかし、ここに紹介する作品はやはり多くの人間が一つの作品にそれぞれの矜持を持って全力で取り組み、結果、相乗効果で名作が生まれるということを証明してくれた好例だと筆者は考えている。今後もそういう作品は生まれ続けるだろうし、まだまだ紹介しきれていない作品はゴマンとあるので引き続き紹介していきたい。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その4

 近頃はNetflixなどの動画配信サービスで映画をより気軽に観る環境が整っている。同様にKindleなどの電子書籍も同一の端末で楽しめる娯楽と呼べるのではないだろうか。このシリーズでは、小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前3回で年代、邦画、海外作品問わず15作品を紹介してきた。これをきっかけに映画ファンと読書ファンがそれぞれの領域を一歩飛び出して往来してもらえたらという筆者の願いが届くと嬉しい限りだ。

 

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その3 - 曖昧模糊な世界ーBlur Worldー

 今回もさらに5作品を紹介していく。

 

16.『インヒアレント・ヴァイス』(Inherent Vice、2014年)

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 トマス・ピンチョンの小説『LAヴァイス』を原作にしてポール・トーマス・アンダーソン監督が映画化。先日おこなわれたヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『ジョーカー』で主演するホアキン・フェニックスが、今作の主人公である私立探偵のドックを演じている。

 1970年代のロサンゼルスを舞台に、マリファナ常習者のドックの前に突然現れた元恋人シャスタ。不動産業界の大物ミッキー・ウルフマンの愛人となっていた彼女がミッキーの妻と彼女の愛人の企みからミッキーを守って欲しいと懇願する。最初は乗り気でなかったドックが彼女への未練も手伝い調査を開始すると、思いがけない陰謀へと巻き込まれていく。

 現代米文学を代表するピンチョンの小説が映画化された初めての作品。彼の文学は難解なものが多くそれもこれまで映画化されてこなかった理由の一つだと思うが、今作は比較的わかりやすいストーリー展開とイメージしやすいキャラ設定で映画としてもエンターテインメント性の高い作品になっている。ロサンゼルス市警のビッグフットを演じるジョシュ・ブローリンの変な日本語が笑える。

 村上春樹の作品をハードボイルドに仕立てたような世界観で日本人が観ても馴染みやすいストーリーだと思うと同時に、ハルキの文学はやはりアメリカ文学だよなと改めて思い知る。

17.『少年は残酷な弓を射る』(We Need to Talk About Kevin、2011年)

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 英作家ライオネル・シュライヴァーによる2003年の小説『We Need to Talk About Kevin』をリン・ラムジー監督が映画化。第64回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも出品されており、批評家からも評価の高い作品。

 『We Need to Talk About Kevin』は2005年に、女性作家が英語で書いた作品を対象に贈られる英オレンジ賞受賞している。自分の息子ケヴィンが物心ついた時からずっと自身の愛を拒絶し続ける態度に悩まされる母親エヴァ・カチャドリアンが夫フランクリンに宛てた悩みを打ち明ける手紙という体裁で書かれた書簡体小説

 エヴァティルダ・スウィントンが、フランクリンをジョン・C・ライリー、ケヴィンをエズラ・ミラーがそれぞれ演じている。何と言ってもエズラ・ミラーの中性的な魅力と凍りつくような冷笑が印象的で、そのケヴィンに振り回される母を演じるティルダの狼狽ぶりと、母の強さを象徴する何があっても息子に向き合うしなやかさまで彼女の表情豊かな演技が素晴らしい。

18.『EUREKA(ユリイカ)』(2001年)

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 小説家や音楽家としても活動する青山真治監督による映画。1996年の『Helpless』、2007年の『サッド ヴァケイション』へと続く「北九州サーガ」の第二作。この作品は青山監督自身のノベライズで2000年に角川書店より刊行され、第14回三島由紀夫賞を受賞している。

 北九州で起きたバスジャック事件の被害者である運転手の沢井が中学生の直樹と小学生の梢の兄妹とともにそのトラウマから抜け出す為の旅に出かける物語。モノクロ・フィルムで撮影して現像時にカラー・ポジにプリントするクロマティックB&Wという手法が採用されており、セピア色の映像が印象深い。福岡県甘木市(現・朝倉市)をロケ地とした長閑な風景も見どころ。

 筆者は良い監督は優れた脚本を書けると考えている。今作もそうだが、『ゆれる』や『永い言い訳』など名作を生み出し続ける西川美和監督はオリジナル脚本を書いているし、はじめに小説として発表した『永い言い訳』は山本周五郎賞候補、直木賞候補にも挙がった。青山監督も北九州を舞台に心に傷を負った人々が集まる中でそれぞれが人生を見つめ直し、前へと進むその群像劇をとても丁寧な筆致で描いている。

 今作では、沢井を演じた役所広司の九州弁もなかなか良い。そして、あどけない宮崎あおいもやはり存在感がある。

19.『セルピコ』(Serpico、1973年)

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 米ジャーナリストのピーター・マースが執筆した実在の警察官フランク・セルピコの伝記をシドニー・ルメット監督が映画化。ニューヨーク市警に蔓延する汚職や腐敗に立ち向かう警察官の実話。主人公フランク・セルピコアル・パチーノが演じている。

 意気揚々と正義感の強いセルピコが警察官となったものの、そこで待っていた彼の理想とかけ離れた現実に次第にセルピコは反感を覚えて一人反抗していく中で同僚に撃たれるという事件を通し彼の半生を遡る。

 70年代のヒッピースタイルに身を包んだアル・パチーノが最高にクール。彼はこの作品でゴールデン・グローブ主演男優賞を受賞している。

20.『鉄コン筋クリート』(2006年)

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 1993年~94年に『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載された松本大洋による同名漫画をマイケル・アリアス監督がアニメ映画化。ヤクザが蔓延る宝町を舞台にホームレスのクロとシロという驚異的な身体能力を持った少年たちが、蛇という外部の男とヤクザが結託して企む都市開発計画に宝町を守るために立ち向かっていく物語。

 松本大洋と言えば、『ピンポン』や今作で一躍有名となった漫画家であるが、彼の二人の対照的なヒーロー像が反発し合いながらも大きな敵に向かっていくという彼独自の世界観がその最大の魅力だろう。

 独特のタッチの人物像、疾走感あふれる戦闘シーンがアニメとして彼の世界観を楽しめる最良の作品に仕上がっている。

 いかがだっただろうか。今後もこの調子で紹介していきたい。振り返るとアジア映画が無かったので、次回はそこもカバーしていきたいと思っている。これをきっかけに原作にも興味を持ったり、逆に映画に興味を持ったりしてもらえれば幸いだ。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その3

 現代を代表する娯楽、エンターテインメントである映画。ドラマもアニメもヒットすればすぐに劇場版が制作される時代だ。しかし、そういった商業的戦略での作品とは一線を画す映画を観たい、そう思う人は多いだろう。そんな映画好きな人々に原作への愛を感じる映画を紹介しているこのシリーズ(3回目なのでシリーズと呼んで差支えないだろう)では、前2回で年代、邦画、海外作品問わず10作品を紹介してきた。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その2 - 曖昧模糊な世界ーBlur Worldー

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ - 曖昧模糊な世界ーBlur Worldー

 今回はさらに5作品を紹介していこう。

 

11.『ラム・ダイアリー』(The Rum Diary、2011年)

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 2005年に拳銃自殺した、米ジャーナリストで作家ハンター・S・トンプソンの同名自伝小説をブルース・ロビンソン監督が映画化。テリー・ギリアム監督の『ラスベガスをやっつけろ』(1998年)でもハゲヅラを被ってトンプソンを演じたジョニー・デップが再び彼の役で主演している。

 プエルトリコに仕事で滞在することになった主人公ポール・ケンプが、現地の自由奔放な雰囲気と薬漬けの仕事仲間などに巻き込まれ、ラム酒とドラッグに溺れていく。しかし島を牛耳るサンダーソンの愛人と出会い、さらにサンダーソンの悪行の数々を見ているうちにポールはジャーナリストとしてその闇を暴こうと奮闘する。

 『ラスベガスをやっつけろ』ではハチャメチャでぶっ飛んだ演技が話題となったが、今作はそのハチャメチャさを残しつつもジャーナリストとしての使命に燃えるトンプソンをデップが好演。筆者はデップの作品はかなり観ているが、個人的に一番カッコ良いデップだと思っている。今作での共演をきっかけにデップと結婚した女優アンバー・ハードが彼に惚れたのも頷ける。その後のドタバタ劇とデップの劣化には悲しみしかないが……

 トンプソンは、従来の客観的な手法ではなく、実際に取材対象に接近し主観的な目線で起こることを描いていく「ゴンゾー・ジャーナリズム」と呼ばれる手法で現代の米ニュー・ジャーナリズムのパイオニアとして『ローリング・ストーン』、『ネーション』、『タイム』などで活躍した。

12.『つぐみ』(1990年)

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 吉本ばななの青春小説『TUGUMI』(中央公論社、1989年)を市川準監督が映画化。病弱な少女つぐみが、夏に帰省してきた従姉妹のまりあと再会したひと夏を描く。親族の間では粗暴で意味不明の行動ばかりを起こし厄介者扱いされるつぐみ。そんなつぐみが浜辺で地元のヤンキーに絡まれているところを恭一という青年が助け、二人は恋仲へと発展していく。

 つぐみを演じた牧瀬里穂が本当に素晴らし過ぎる。恭一を演じる真田広之も若くて好青年ぶりがすごい、今を知るからこそ楽しめると同時に、東京を舞台に録ってきた市川監督が初めて東京から出て西伊豆を舞台にした作品としても希少で興味深い。

 原作の『TUGUMI』は第2回山本周五郎賞を受賞した。吉本ばななは、批評家の吉本隆明の娘としても有名で23歳のときに『キッチン』が「第6回海燕新人文学賞」を受賞し同作でデビュー。以後、映画化された『アルゼンチンババア』など数々の作品を執筆し、イタリアでも文学賞を受賞するなど海外にファンも多い。今作も『Goodbye Tsugumi』という題で英訳されている。

13.『ノーカントリー』(No Country for Old Men、2007年)

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 現代米文学を代表する作家コーマック・マッカーシーの小説『血と暴力の国』(原題: No Country for Old Men、扶桑社ミステリー文庫、2005年)を数々の名作を生み出して来た、映画界を代表するジョエル・コーエンイーサン・コーエンコーエン兄弟が映画化。2007年度の第80回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞で4冠を受賞している。

 アメリカとメキシコの国境沿いであるテキサス州西部を舞台に、トミー・リー・ジョーンズが演じる保安官エドトム・ベルの語りで物語が展開していく。麻薬取引で交渉が決裂し全員が撃ち殺し合った現場に居合わせた、ジョシュ・ブローリン演じるトレーラーハウス暮らしのベトナム帰還兵ルウェリン・モスが大金の入ったブリーフケースを手にし、その金をハビエル・バルデム演じる殺し屋のアントン・シガーがモスを徐々に追い詰めていく逃亡劇。

 ガスボンベの圧力でドアのカギ穴ごと飛ばし身体を貫通させて殺したり、コイントスで死か生を選ばせる狂気の殺人鬼シガーをハビエル・バルデムが見事に演じきっている。最後の無常さも単なるエンタメで終わらせない文学的な奥深さを感じさせているところが憎い。

14.『ハイ・フィデリティ』(High Fidelity、2000年)

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 英小説家でエッセイストのニック・ホーンビィが1995年に発表した同名原作をスティーヴン・フリアーズ監督が映画化。ジョン・キューザック演じる主人公ロブ・ゴードンは、シカゴで小さな中古レコード・ショップのオーナーをする30代の独身男。イーベン・ヤイレ演じる同棲中の彼女ローラが出て行ってしまったことを機に、ロブは過去に付き合ってきた歴代彼女たちに再び連絡を取り自分の何がいけなかったのか探る。往年のロックナンバーが散りばめられ、ブルース・スプリングスティーンカメオ出演している。

 原作ではロンドンが舞台だが、映画ではシカゴが舞台に変更されている。ジョン・キューザックももちろん素晴らしいのだが、ジャック・ブラック演じる、レコード店員のバリーが最高すぎる。

 ニック・ホーンビィは『アバウト・ア・ボーイ』などこれまでに4作品が映画化され、2009年の『17歳の肖像』でアカデミー賞脚色賞にノミネートされるなど脚本家としても活躍している。また、ファンを公言していたベン・フォールズと連名で作詞を担当したアルバム『ロンリー・アヴェニュー』(2010年)を発表するなど音楽にも造詣が深い。

15.『パーマネント野ばら』(2010年)

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 西原理恵子の同名原作漫画(2006年、新潮社)を吉田大八監督が映画化。田舎の漁村にある唯一の美容院「パーマネント野ばら」に、離婚し娘のももちゃんを連れ帰り身を寄せている菅野美穂演じる主人公なおことパーマネント野ばらに訪れる、個性的な漁村の女性たちが苦難に満ちた人生を涙にくれながらも力強く生きる様を描く。

 筆者は現在、吉田大八監督(『桐島、部活やめるってよ』のブレイクで周知ではあろう)は原作作品を映画化する上で日本最高の監督だと思っている。さらに、脚本を担当した奥寺佐渡子(『八日目の蝉』、『おおかみこどもの雨と雪』など担当)も最高の脚本家だと考えているので、この二人のタッグが悪くなるはずがない。

 西原理恵子と言えば、元夫であるフォトジャーナリスト鴨志田穣氏と家族との生活を描いて映画化もされた『毎日かあさん』などで名の知れた漫画家。その作風はブラックユーモアに溢れているが、素朴でクスリと笑える庶民的な親しみやすさがある。

 今作でもなおこをはじめ、池脇千鶴が演じる同級生ともちゃんや小池栄子演じるみっちゃんなどDVや薬物中毒で苦しみながらも明るくユーモラスに逞しく生きる姿が印象的だ。そんな中で、なおこが想いを寄せる江口洋介演じるカシマとなおこの秘密がミステリアスで作品に深みを与えている。ラストのカタルシスが吉田監督らしい。

 いかがだっただろうか。今回は例外的に漫画作品も取り上げたが、現代における漫画はもはや文学的にも一定の評価を持つジャンルとなっているので今後、筆者のアンテナに引っ掛かった作品は積極的に取り上げていきたいと考えている。

知られざる映画原作の世界~名作映画を生んだ物語の力とは~

 映画には数多くの原作が存在する。世界で最初の職業映画作家ジョルジュ・メリエスによる世界初の物語構成をもったサイレント映画月世界旅行』(1902年)は、仏小説家ジュール・ヴェルヌの同名原作のSF作品だった。以来、一世紀以上エンターテインメントの代表格として映画はなぜ人々の関心を集めて来たのか。筆者はやはり、そこに大きな物語の力があったからだと考えている。ここでは、その物語の力を探るべく原作となった小説などについて記していきたい。

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 今回、取り上げる作品はウォルフガング・ペーターゼン監督の『ネバーエンディング・ストーリー』(Die unendliche Geschichte、1984年)の原作で、独児童文学作家ミヒャエル・エンデの『はてしない物語』(Die unendliche Geschichte、1979年)だ。映画は『ネバーエンディング・ストーリー 第2章』(1990年)、『ネバーエンディング・ストーリー3』(1994年)と三部作となっている。ここで一点、注意したいのはエンデは原作者として映画の制作シリーズ第一作のラストが彼の意図に沿っておらず、訴訟を起こし敗訴している。そのため、クレジットから彼の名前は外され、2作目以降はオリジナルストーリーとなっている。原作者と制作側が揉めることはよくあることで、有名なところでは『シャイニング』(The Shining、1980年)の監督スタンリー・キューブリックスティーヴン・キングの同名原作を大幅に改変したことからキングは映画を批判し続けている。

 

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)

はてしない物語 (エンデの傑作ファンタジー)

 

 


 なぜ、よりにもよって裁判沙汰にまでなった今作を取り上げたのか、というと筆者にとって今作は本、物語の世界への情景を強烈に印象付けた原初的な映画体験だったからだ。というのは本当なのだが、調べるまでは裁判のことなど知らず、正直ショックを受けている。とにかく、エンデが第2章公開の際に「あの映画をきっかけに原作を買ってくれたお客さんも多かったし、原作を読んでもらえるなら宣伝映画として苦痛も和らいだ」と話した言葉を胸に、気を取り直して原作のほうを詳しく見て行こう。

 物語のあらすじは、肥満で運動音痴でいじめられっ子の主人公バスチアン・バルタザール・ブックスがいじめっ子から逃れるためにカール・コンラート・コレアンダーが経営する古本屋で見つけた『はてしない物語』という古本を学校の物置で読み耽っていく内にその本の中の世界、幼ごころの君が支配する「ファンタージエン」が人々から忘れ去られることで徐々に消えてしまっていることに気づく。その世界の救世主を探す使命を受けたアトレーユは救世主が他でもない、バスチアンであることを知り本の外のバスチアンに語りかけ、バスチアンも意を決し本の世界へと飛び込み新たな世界を創造していく、というものだ。

 訴訟の問題となったのは、映画のラストシーンでバスチアンがいじめっ子たちにファンタージエンの力を借りて仕返しをするところだ。原作ではバスチアンがいじめっ子に再び会うことはない。このシーンをカットするようにエンデは要望したが、それが叶わず訴訟にまでもつれることになったようだ。

 原作の最後のシーンではバスチアンが『はてしない物語』の本を古本屋に返しにいく場面になっている。そこでコレアンダーがバスチアンの背中を見送りながら語りかける台詞がある。

 きみは、これからも、何人もの人に、ファンタージエンへの道を教えてくれるような気がするな。そうすればその人たちが、おれたちに生命【いのち】の水を持ってきてくれるんだ。(上田真而子佐藤真理子訳、2000年、岩波少年文庫

 この「生命の水」というのは、飲むと誰かを愛することができるようになる水のことで、ファンタージエンで現実の世界の記憶を失ってしまったバスチアンは、ファンタージエンの世界にあるこの水を飲んでもとの世界に戻ることになる。さらにいうと、バスチアンがファンタージエンの世界に入り込むシーンでは幼ごころの君に新たな名前「月の子【モンデンキント】」を与え、ファンタージエンを蘇らせるところから現実と物語の世界が交錯する。ここにはバスチアンの月の子へのほのかな恋心、人間が最初に抱く愛のかたちが描写されている。作中に登場する『はてしない物語』の本の表紙に二匹の蛇が八の字に尾を絡めている“ウロボロス”、無限を表す刻印があるのも象徴的である。つまり、エンデにとってこのシーンは物語の世界と現実の世界を数珠つなぎにする「愛」について記した重要なポイントであり、このシーンを現実と物語の世界が対立するようなかたちで描くというのはあり得ない解釈だったというわけだ。

 翻訳者・上田真而子岩波少年文庫のあとがきで1981年2月に当時の西ドイツでおこなわれたという翻訳者会議について振り返り、エンデからの注文について明かしている。

 翻訳された本は、言葉こそ違え、物語のなかでバスチアンが読んでいる本と全く同じ装丁の、全く同じ中身の本でなければならない。たとえば日本語版なら、二匹の蛇が浮きでているもの、なかのページは現実世界のところを赤、ファンタージエン国を緑の二色刷りに……というわけである。

 このエピソードからも分かるように彼は彼の描いた世界観をとにかく大事にする人物だったことが窺える。ちなみに、エンデは1989年に、この著書のもうひとりの翻訳者である佐藤真理子と結婚している。長野の上水内郡信濃町にある黒姫童話館には2000点を超える作品資料が本人から寄贈されていて、世界で唯一エンデの常設展を観れる場所となっている。

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 こう書くと、ペーターゼン監督がいかにも無能なように感じてしまうが、彼は『Uボート』(Das Boot、1981年)でアカデミー賞6部門にノミネートにしてハリウッド進出を果たし、『ザ・シークレット・サービス』や『エアフォース・ワン』、『トロイ』を手掛けハリウッドでも成功していることは付け加えておこう。

 エンデは1929年11月、シュルレアリスム画家の父エドガー・エンデと母のルイーゼ・バルトロメの間に生まれた。父のエドガーは帝国文化会への入会を拒否したことから、ナチス政権下で退廃芸術家の烙印を押されて一家は苦しい生活を強いられたという。加えて父がエンデが20代の時に美術学生と愛人関係になり、彼女と同棲を始めたため母を経済的に支えるために苦労したようだ。1961年、エンデは『ジム・ボタンの機関車大旅行』(Jim Knopf und Lukas der Lokomotivführer)でドイツ児童文学賞を受賞し文壇で活躍するようになった。

 『はてしない物語』のバスチアンは父子家庭という設定であり、最後には父親に生命の水を届けたいという思いでファンタージエンから現実へと戻って来る。おそらく若い頃に父親から見捨てられたトラウマと父親への複雑な思いがここに込められているのだろう。

 

モモ (岩波少年文庫)
 

 

 筆者が幼少期によく母親に読んでもらった『イソップ寓話』を除いて、初めて海外文学に触れたのは、おそらくエンデが1973年に発表した『モモ』だったと思う。エンデは今作で二度目のドイツ児童文学賞を受賞し世界的にも有名になった。小学生低学年だった筆者も「時間どろぼう」という概念にとても強烈な印象を受けたことを覚えている。現実世界とつながる不思議なパラレルワールドで成長するジュブナイルが現在も変わらず少年少女の心を揺さぶり続けるのは、そこに普遍的「愛」のエッセンスが散りばめられているからだろう。筆者は、今でも白い大きな犬、サモエドなどを街で見かけると「ファルコン!」(映画に登場する白い空飛ぶ竜。原作内ではフッフール)と心の中で呼びかけてしまう。半世紀前に書かれた『はてしない物語』が未だに色褪せないことは、その物語の大きな力の証左となっている。

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映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その2

 映画は観ても読書はしない、または読書はしても映画は観ない、という人は数多くいると思う。しかし、そのどちらも、いや、そもそも文化というものは必ず浅からぬ関係性を持っているものである。どちらかに興味が抱ければ、必ずもう一方にも興味を持てるはず……少なくとも筆者はその一人である。

 先日、そのような思いから原作への愛を感じる映画を5作紹介した。

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ - 曖昧模糊な世界ーBlur Worldー

今回は前回紹介しきれなかった作品を、さらに5作紹介していきたい。

 【目次】

 

06.『海炭市叙景』(2010年)

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 小説家の佐藤泰志の同名短編集(1991年12月、集英社、のち小学館文庫)を熊切和嘉監督が映画化。「まだ若い廃墟」「ネコを抱いた婆さん」「黒い森」「裂けた爪」「裸足」の5編を中心に構成されている。佐藤の故郷である函館市をモデルとした「海炭市」で暮らす市井の人々の生活を描いている。短編集は未完で、海炭市の冬と春の季節を18の短編で綴っているが構想としては夏と秋の季節の作品もあったというが、佐藤の自死で遺作となった。

 佐藤は芥川賞候補5回、野間文芸新人賞三島賞候補にも挙がる才気あふれる作家であったが、若い頃から自律神経失調症にも悩まされ、1990年に41歳の若さで自死している。なお、佐藤の作品は近年『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』『きみの鳥はうたえる』などが映画化されて再評価されている。

 熊切監督は2014年、モスクワ国際映画祭において桜庭一樹の小説を映画化した『私の男』で最優秀作品賞を受賞している映画界のホープだ。『海炭市叙景』ではミュージシャンとしても活躍する竹原ピストルが見事な演技をみせている。さらに、米ロックバンドのソニック・ユースにも在籍していたマルチミュージシャンのジム・オルークが劇伴を担当しており、北国の哀愁漂う世界観を繊細に表現している。

07.『コングレス未来学会議』(The Congress、2013年)

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 ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの短編『泰平ヨンの未来学会議』(Kongres Futurologiczny、1971年)をアニメーション映画『戦場でワルツを』(2008年)で第66回ゴールデングローブ賞外国語映画賞」を受賞したイスラエルアリ・フォルマン監督が映画化した、実写とアニメーションが入り混じった作品。

 難病の息子を抱えつつ女優業を続けるロビン・ライト演じる主人公が、大手映画会社・ミラマウントと俳優の絶頂期の姿をスキャンしてデジタルデータ化し、多くの映画にそのデータを用いて多額の契約金を受け取る代わりに女優業を引退させられる。その20年後、幻覚剤で理想の二次元での生活が送れるようになった世界で、ミラマウントはグループ会社のミラマウント=ナカザキが開発した薬物により誰でも彼女になれるようにするという契約を結ばせようと試みるが、それを阻止するレジスタンスとの戦いに巻き込まれ、幻想と荒廃した現実の間で思い悩む。

 『泰平ヨンの未来学会議』は泰平ヨンを主人公とした冒険を描いた、『泰平ヨンの航星日記』(袋一平訳、1967年、ハヤカワ・SF・シリーズ)などの『泰平ヨン』シリーズのディストピア小説スタニスワフ・レムと言えば、アンドレイ・タルコフスキースティーブン・ソダーバーグによって二度映画化された『ソラリスの陽のもとに』(飯田規和早川書房、1965年)が代表作として知られるSF文学界の大家。社会主義リアリズム作品を経て、SF作品、メタフィクションと時代によってその作風を変えながらもポーランド独特の言い回しなどで独自の世界観を持ち、世界中に多くのファンを持つ。

 アリ・フォルマンの監督作だけあって、サイケデリック感溢れるアニメーション世界と『フォレスト・ガンプ/一期一会』で一躍有名となった、ロビン・ライトの演技、ハーヴェイ・カイテルなどの脇を固める大物も言わずもがな素晴らしい。

08.『神の子どもたちはみな踊る』(All God's Children Can Dance、2008年)

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 いま最もノーベル文学賞に近い日本人と20年くらい言われ続けている、村上春樹の同名短編をロバート・ログヴァル監督が米国のアジア街を舞台に変え、映画化。ジェイソン・リュウが主人公を演じる。『パリ、テキサス』などに出演するドイツの名女優、ナスターシャ・キンスキーの娘ソニア・キンスキーのヌードも話題となった。

 村上春樹は、2010年にトラン・アン・ユン監督が映画化した『ノルウェイの森』(講談社、1987年)など世界的に人気のある作家として、文学に興味のない人でも毎年ノーベル文学賞授賞式の度にメディアで注目されるので名前だけでも知る人は多いだろう。個人的に彼は長編よりも短編の名手だと筆者は思っていて、今作はそれを改めて知らしめる作品となっている。

 『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社、2000年)は、1995年1月の阪神・淡路大震災に関わる人々の物語が6編収められている。映画化された表題作は、母親と二人で暮らす主人公が街で見かけた片耳たぶの欠けた男を直感的に父親だと信じて追っていく中で、幼少期の思い出などを回想しながら人生を見つめ直す。多少の設定の変更はあるものの原作通りに進んで行くストーリーは、ミステリー要素や哲学的思考、そしてエロティシズムなど平易なようでいて物語の世界観へと引き込むフックが不断に織り込まれており、飽きさせない。

 

09.『ガープの世界』(The World According to Garp、1982年)

 

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 米国の売れっ子小説家であるジョン・アーヴィングの同名長編(1978年)を、『明日に向って撃て!』などで知られるジョージ・ロイ・ヒル監督が映画化し、主人公ガープを今は亡き名優ロビン・ウィリアムズが演じた。

 ジョン・アーヴィングはSF界の重鎮カート・ヴォネガットに師事し、1968年に『熊を放つ』でデビュー。ちなみに同作は村上春樹が翻訳している。『ガープの世界』は4作目となる長編で、10万部のベストセラーになるとともに、1980年ペイパーバック部門の全米図書賞を受賞している。

 英作家チャールズ・ディケンズを敬愛している彼の作品は、出生からさらに親世代の人生までを描いていく、いわゆる“大きな物語”を描く19世紀のスタイルを踏襲した作風が最大の特長だ。今作では、フェミニストの看護師だった母親が子供は欲しいが結婚はしたくないという理由から戦争で被弾した意識不明の軍曹を利用し妊娠するという特殊な出生から物語は始まる。成長したガープは作家になるが、母親は自伝を出版しフェミニストの代表的存在となる。そのことで政治的運動の只中へと引き込まれるガープはフェミニズムへの不信を募らせ、妻と子どもたちを守るために奮闘する。

 性転換した元フットボール選手のロベルタ役を演じたジョン・リスゴーが素晴らしい。フェミニズムの台頭から今はネオリベラリズムが広がり、再びその反動としてのナショナリズムが猛威を振るいつつあるが、そういった政治的運動について、家族について、性について改めて考えさせられる作品だ。また、主題歌となっているビートルズの「ホエン・アイム・シックスティー・フォー」も絶妙な演出をもたらしている。

10.『ザ・ロード』(The Road、2009年)

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 米現代文学を代表する作家コーマック・マッカーシーの同名小説(2006年)を、ジョン・ヒルコート監督が映画化したディストピアSFのロードムービー。大災害により文明を失ってから10年以上経ち、空は塵に覆われ寒冷化が進み動植物は死滅しつつある世界で生き残った人間は餓死するか自殺するかお互いを食い合う。そんな荒廃した世界で希望を捨てず父と息子が寒さから逃れるため南を目指し歩き続ける物語。『ロード・オブ・ザ・リング』で時の人となったヴィゴ・モーテンセンが父親を演じ、豪俳優コディ・スミット=マクフィーが息子を演じた。

 コーマック・マッカーシーは、ドン・デリーロフィリップ・ロストマス・ピンチョンと並び米現代文学を代表する作家だと言われている。今作『ザ・ロード』でピューリッツァー賞も受賞している。なぜ世界が荒廃しているのか一切説明がなく、ただ無法地帯となった世界で群れを成して略奪や人肉を喰らう悪しき者や弱き者、そして主人公たち親子はその中でも善き者であろうと人を助け南へと進む。人間の愚かさや子どもの持つ純粋さや父親の在り方などディストピアの中でのヒューマンドラマに心打たれる名作。ヴィゴの父親ぶり、コディのピュアさが際立っている。

 さて、ひとまず今回はここまで。改めてチョイスしていくと、まだまだ多くの紹介したい作品が数多く存在していることに気づかされる。機会があればどんどん紹介していきたい。また、今後は映画だけではなく、原作自体の素晴らしさもどこかで語れればとも考えている。映画とともに原作にも興味を抱いてもらえれば幸いである。