音楽論考:ビリー・アイリッシュ、世界が熱狂する新たな才能に見る音楽シーンの変革期

今週のお題「わたしの好きな歌」

 現在、世界中が夢中になっているアーティストと言えば、ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)と言っても過言ではないだろう。今年3月にリリースされたデビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』は、Billboard 200とUK Albums Chartで1位を獲得。音楽ストリーミングサービスSpotifyでの再生回数はすでに数十億回を記録している。今年の米『コーチェラ・フェスティバル』や英『グラストンベリー・フェスティバル』など世界の大型フェスでのパフォーマンスも話題になったばかり。今年は上半期が過ぎて間もないが、恐らく彼女の年になるだろうし、グラミー賞ノミネートも間違いないだろう。最多部門受賞にも期待がかかる。今、世界はなぜ彼女にこれほど熱狂しているのか? 彼女の音楽的才能はもちろん、ファッション、思想、そして現在の音楽シーンの状況など様々な要素が重なり合ったことが彼女の世界的ブレイクに繋がっている。

アーティストとしての類稀なる才能

 ビリー・アイリッシュは、米カルフォルニア出身の若干17歳のシンガーでモデルだ。2016年にデビュー・シングル「Ocean Eyes」を音声ファイル共有サービスSoundCloudでリリース(同シングルはInterscope Recordsから再リリースされた)。同曲が2017年8月11日にEP『Don't Smile at Me』をリリースし、同EPはアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアでトップ15入りを果たし、一躍世界のトップアーティストの仲間入りを果たした。2018年8月には『Summer Sonic 2018』で初来日している。

www.youtube.com


Billie Eilish - Ocean Eyes (Official Music Video)

 デビュー曲「Ocean Eyes」はビリーが13歳の時に、現在も制作タッグを組んでいる実兄のフィニアス・オコンネルが自身のバンドの為に書き下ろした曲を彼女が歌ったもので、約1400万回再生されるという大きな評判が彼女が注目されるきっかけとなった。“天使の歌声”と称されるその歌声は、クセになるようなウィスパーヴォイスから透き通るハイトーンヴォイスまで変幻自在。まるで地下の奥底から天空へと飛翔するように移り変わるそのレンジの広さが特徴的だ。

 今年3月にリリースされたデビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』は、Billboard 200とUK Albums Chartで1位を獲得。アメリカでは2000年代生まれでアルバム1位を獲得する初めてのアーティストとなり、イギリスではアルバム1位を取った最年少の女性となった。

www.youtube.com


FINNEAS - I'm in Love Without You (Live at The Troubadour)

 フィニアス・オコンネルはFINNEASとしてソロ活動を行っている。昨今のトレンドでもあるプログレッシブ・ハウス的な音楽性を感じる。ひとりコールドプレイ(Coldplay=英ロックバンド)のようだ、というのが彼のライブ映像を観た筆者の感想だ。

 個人的には、彼らのサウンドに英・ブリストルの3人組バンド、ポーティスヘッド(Portishead)や同郷のユニットであるマッシヴ・アタックMassive Attack)のような90年代後半から00年代に興隆した、いわゆるトリップ・ホップ、「アブストラクト・ヒップホップ」に見られるHipHopやJazzなどからの影響を受けたダークな印象を思い起こさせた。

www.youtube.com


Portishead - Glory Box

www.youtube.com


Billie Eilish - wish you were gay (Live)

 彼女の才能はこの「wish you were gay」によく表れている。マイナー進行のこの曲に対して、彼女の当てたサビのメロディラインはポップで明るい。普通は楽曲に引っ張られてしまうが、これが彼女が他のアーティストとは一線を画すメロディセンスだろう。ポーティスヘッドのサウンドイカーであるジェフ・バーロウは、ボーカルのベス・ギボンズとの出会いを振り返り「こんな暗い音楽に歌をのせてくれる人がいるとは思わなかった」と語っているが、ビリーはベスとはまた違ったアプローチでの世界観を持っていると言える。

 さらに、この歌詞が素晴らしい。内容的には片思いで傷つきたくないから相手がgay(同性愛者)であればいいという10代らしい恋愛感情を歌ったものだが、この歌詞にはその中に数字の1~12(One~Twelve)が散りばめられている。こういう言葉遊びを難なくリリックとして書ける彼女の詩的センスにも唸らせるものがある。以下にその冒頭を記す。

<Baby,I don't feel so good

ベイビー、気分が良くないの
Six words you never understood

あなたが絶対理解しない私の6単語
I'll never let you go

もう離さないよ
Five words you'll never say

あなたが決して言わない5単語>


Songwriters: Billie Eilish O'Connell / Finneas Baird O'Connell
wish you were gay lyrics © Kobalt Music Publishing Ltd., Universal Music Publishing Group 翻訳:松尾模糊

 6という数字から始めるのも乙なところ。こういう細かな場所に彼女の天才的センスを否応なく感じる。


影の立役者? エミット・フェン

 ところで、筆者は正直を言うとフィニアスのサウンドに『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』のダークさや世界観の片鱗を感じることができなかったのだが、2017年8月にリリースされたEP『Don't Smile at Me』の共同プロデューサーのエミット・フェン(Emmit Fenn)のサウンドを聴いた時、その疑問は払拭された。

www.youtube.com


Emmit Fenn - Painting Greys

 彼はカルフォルニアを拠点に活動するシンガーソングライター、コンポーザー、プロデューサーである。この世界観はまさに『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』に通ずる。エミットの名前は無くなっているが、同作の楽曲が『Don't Smile at Me』とほぼ同時期に制作されていたことを考えれば彼の影響力を受けていたことは間違いないだろう。

soundcloud.com


Billie Eilish-bitches broken hearts

 3人で制作された「bitches broken hearts」ではエミットの世界観が少し抑えられている印象を受ける。もしかしたら、エミット自身が2人を立てようとした為に彼自身の存在感が薄れてしまったのかもしれないし、それを感じ取った2人が彼を外すことでより濃く彼自身の存在感を彼らのサウンドに取り込めたのかもしれない。ちなみにエミットはコールドプレイの名曲「Yellow」をリミックスしている。

 そして、ビリーはHipHopR&Bを好んでよく聴くと言い、米ラッパーのタイラー・ザ・クリエイターなどをフェイバリットに挙げている。こちらの影響は彼女が蜘蛛を口から出すことで話題となったミュージックビデオ(MV)やファッションに表れている。

www.youtube.com


Tyler The Creator - Yonkers

www.youtube.com


Billie Eilish - you should see me in a crown (Vertical Video)

アヴリル・ラヴィーンとの共通点

www.youtube.com


Avril Lavigne - Sk8er Boi (Official Music Video)

 筆者の世代となると、どうしてもカナダ出身のシンガーソングライターであるアヴリル・ラヴィーンと彼女を重ねてしまう。というのも、2人には多くの共通点があるからだ。まず、2人とも幼少期からアヴリルは教会で、ビリーはロサンゼルス児童合唱団で歌っており、歌手としての英才教育を受けている。そして早くから制作活動を始め、アヴリルは2002年6月リリースのデビューアルバム『Let Go』で17歳の時にイギリスのアルバムチャートで最年少での1位を獲得。ビリーは今年、その記録を破る16歳でUKチャート最年少記録を更新した。

 さらに2人ともモデルとしての活動もおこなっているが、アヴリルは157cm、ビリーは161cmと北米人としては高身長ではなく、アヴリルのスケーター風ファッション、ビリーのストリート系ファッションとユニセックスな、どちらかと言うとメンズライクな格好で同世代のファッション・アイコンとしても絶大な人気を誇っている。

 ビリー自身もアヴリルの大ファンのようだ。彼女は「私にとってアヴリルは全てよ。アヴリルを愛してる…。本当に…、私はアヴリル・ラヴィーンを愛してる。それだけ。愛しかない。愛だけよ」と答え、「彼女は私の番号持ってるのよ。ときどき、テキストが来るの。すっごいクール。“ヘイ、アヴリルよ”とか。オー・マイ・ゴッド!」と米・音楽媒体『Pitchfork』のインタビューで話している。

pitchfork.com

 米VOGUE誌はビリーを“次世代のイット・ガール(話題のあの子)”と評し、彼女は今やELLEやNYLONなど有名ファッション誌でも引っ張りだこだ。インスタグラムでは現在、3000万近いフォロワーを持つ。

 ビリーは今年「アイ・スピーク・マイ・トゥルース・イン・#マイ・カルバン」と題された、ファッションブランドのカルバン・クラインのキャンペーンに出演し、その中で自身がサイズの大きな服を着ている理由について、世間に自身のすべてを知られたくないためと以下のように語っている。

 「誰にも意見を言われることがないでしょ。だって、彼らはその下にあるものを見ていないんだから。誰からも『スリムな子』だとか、『スリムじゃない』、『お尻が大きい』だなんて言われることはない。誰もそういうことは言えない。だって、知らないんだから」

nme-jp.com

 こういう彼女の思想は世界中の多くの女性から絶賛されており、10代の彼女が世界中から支持される大きな理由の一つとなっている。

www.youtube.com


Avril Lavigne - Hello Kitty (Official Music Video)

 また、アヴリルは日本のアニメなどの文化のファンでもあり、彼女が2014年4月に日本の東京・原宿で撮影した「Hello Kitty」という楽曲のMVは<ミンナ サイコー アリガトー カ・カ・カ・カワイー カ・カ・カ・カワイー>という日本語の歌唱とともに話題となった。ビリーもアニメファンで『美少女戦士セーラームーン』のキャラクターがでかでかとプリントされた衣装でメディアの前に登場したこともあり、宮崎駿作品のファンであることも公言している。

i-d.vice.com

 ビリーは、米HipHopアーティストのカニエ・ウェストとのコラボなど世界的に活躍するアーティスト・村上隆とのコラボMVを4月に公開している。

www.youtube.com


Billie Eilish - you should see me in a crown (Official Video By Takashi Murakami)

音楽シーンの新たな兆候と希望

 米ロックバンドのニルヴァーナNirvana)の元ドラマーでフー・ファイターズFoo Fighters)のフロントマンであるデイヴ・グロールは、ビリーの人気を1991年のニルヴァーナの勢いと比べ「俺の娘がビリー・アイリッシュに夢中なんだ。今の彼女は、1991年のニルヴァーナと同じだと思う。つまり、みんなが『もうロックは死んだ』と言っている時に、ビリーを観ると、ロックンロールは全然死んじゃいない、と思うから」と彼女のロック・アイコンとしての存在感を認めている。

www.youtube.com


Nirvana - Smells Like Teen Spirit (Official Music Video)

variety.com

 ここ数年はHipHopやダンスミュージックがポップシーンを牽引している。ビリー・アイリッシュという若き才能溢れるアイコンが、シーンに風穴を開けたことは間違いない。彼女の音楽はHipHopR&Bの影響下にありながら、軽々とそのジャンルを横断し新たな音楽の可能性を掲示した。英ロックバンド、レディオヘッドRadiohead)のフロントマンであるトム・ヨークは「ビリー・アイリッシュのことは好きだよ。自分の好きなことをやっていると思うしね。誰も彼女に指図するべきではないね」と彼女について好意的な意見を述べている。

www.spin.com

 問題は彼女たちが次作で彼らの音楽を確立し、彼らの音楽がまぐれでなかったことを証明できるかということと、彼女たちに続くシーンを盛り立てるだけの新たなアーティストが台頭してくるかということだ。

www.youtube.com


Two Door Cinema Club - Bad Guy (Billie Eilish) in the Live Lounge

 今年8月に東京、大阪で開催される音楽フェスティバル『Summer Sonic 2019』での来日も決まっている、北アイルランドのロックバンド、トゥー・ドア・シネマ・クラブ(Two Door Cinema Club)もビリーの人気曲「Bad Guy」をカバーしている。彼女の音楽がミュージシャンにも影響を与えていることは確かだろう。

 彼女のブレイクにはもう一つ、Netflixのオリジナルドラマ『13の理由』のサウンドトラックに選ばれたということも起因しているだろう。同ドラマは米女優で歌手のセレーナ・ゴメスが製作総指揮を務めた、米・作家ジェイ・アッシャーのデビュー作をドラマ化したもので、2017年にNetflixで最も観られた人気作。セレーナ自身の楽曲や80年代~90年代の名曲とともに英・新人のザ・アーティストジャパニーズ・ハウス(The Japanese House)などが起用されいる。同ドラマのセカンドシーズンではビリーと米R&Bアーティストのカリード(Khalid)とのコラボ曲「lovely」(2018年4月リリース)が起用され話題になった。

 Spotifyなどストリーミングサービスの普及で音楽の消費形態が変化し、大きな変動期にある音楽業界だが、ビリーがサウンドクラウドでブレイクしたようにミュージシャンも自身の手でチャンスを掴める時代となった。実際に米HipHopアーティストのチャンス・ザ・ラッパーなどレコード契約を経ないでグラミー賞にノミネートするほど既存の音楽市場の外で活躍するミュージシャンも存在する。今後、突然、彼女のような若い新たな才能が出現することも不思議ではない。地殻変動でシーンがより活性化するよう願うばかりだ。