映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その4

 近頃はNetflixなどの動画配信サービスで映画をより気軽に観る環境が整っている。同様にKindleなどの電子書籍も同一の端末で楽しめる娯楽と呼べるのではないだろうか。このシリーズでは、小説や漫画などの原作を映像化した魅力的な作品を前3回で年代、邦画、海外作品問わず15作品を紹介してきた。これをきっかけに映画ファンと読書ファンがそれぞれの領域を一歩飛び出して往来してもらえたらという筆者の願いが届くと嬉しい限りだ。

 

映画鑑賞のススメ~読書好きに観て欲しい映画5選~ その3 - 曖昧模糊な世界ーBlur Worldー

 今回もさらに5作品を紹介していく。

 

16.『インヒアレント・ヴァイス』(Inherent Vice、2014年)

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 トマス・ピンチョンの小説『LAヴァイス』を原作にしてポール・トーマス・アンダーソン監督が映画化。先日おこなわれたヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『ジョーカー』で主演するホアキン・フェニックスが、今作の主人公である私立探偵のドックを演じている。

 1970年代のロサンゼルスを舞台に、マリファナ常習者のドックの前に突然現れた元恋人シャスタ。不動産業界の大物ミッキー・ウルフマンの愛人となっていた彼女がミッキーの妻と彼女の愛人の企みからミッキーを守って欲しいと懇願する。最初は乗り気でなかったドックが彼女への未練も手伝い調査を開始すると、思いがけない陰謀へと巻き込まれていく。

 現代米文学を代表するピンチョンの小説が映画化された初めての作品。彼の文学は難解なものが多くそれもこれまで映画化されてこなかった理由の一つだと思うが、今作は比較的わかりやすいストーリー展開とイメージしやすいキャラ設定で映画としてもエンターテインメント性の高い作品になっている。ロサンゼルス市警のビッグフットを演じるジョシュ・ブローリンの変な日本語が笑える。

 村上春樹の作品をハードボイルドに仕立てたような世界観で日本人が観ても馴染みやすいストーリーだと思うと同時に、ハルキの文学はやはりアメリカ文学だよなと改めて思い知る。

17.『少年は残酷な弓を射る』(We Need to Talk About Kevin、2011年)

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 英作家ライオネル・シュライヴァーによる2003年の小説『We Need to Talk About Kevin』をリン・ラムジー監督が映画化。第64回カンヌ国際映画祭コンペティション部門にも出品されており、批評家からも評価の高い作品。

 『We Need to Talk About Kevin』は2005年に、女性作家が英語で書いた作品を対象に贈られる英オレンジ賞受賞している。自分の息子ケヴィンが物心ついた時からずっと自身の愛を拒絶し続ける態度に悩まされる母親エヴァ・カチャドリアンが夫フランクリンに宛てた悩みを打ち明ける手紙という体裁で書かれた書簡体小説

 エヴァティルダ・スウィントンが、フランクリンをジョン・C・ライリー、ケヴィンをエズラ・ミラーがそれぞれ演じている。何と言ってもエズラ・ミラーの中性的な魅力と凍りつくような冷笑が印象的で、そのケヴィンに振り回される母を演じるティルダの狼狽ぶりと、母の強さを象徴する何があっても息子に向き合うしなやかさまで彼女の表情豊かな演技が素晴らしい。

18.『EUREKA(ユリイカ)』(2001年)

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 小説家や音楽家としても活動する青山真治監督による映画。1996年の『Helpless』、2007年の『サッド ヴァケイション』へと続く「北九州サーガ」の第二作。この作品は青山監督自身のノベライズで2000年に角川書店より刊行され、第14回三島由紀夫賞を受賞している。

 北九州で起きたバスジャック事件の被害者である運転手の沢井が中学生の直樹と小学生の梢の兄妹とともにそのトラウマから抜け出す為の旅に出かける物語。モノクロ・フィルムで撮影して現像時にカラー・ポジにプリントするクロマティックB&Wという手法が採用されており、セピア色の映像が印象深い。福岡県甘木市(現・朝倉市)をロケ地とした長閑な風景も見どころ。

 筆者は良い監督は優れた脚本を書けると考えている。今作もそうだが、『ゆれる』や『永い言い訳』など名作を生み出し続ける西川美和監督はオリジナル脚本を書いているし、はじめに小説として発表した『永い言い訳』は山本周五郎賞候補、直木賞候補にも挙がった。青山監督も北九州を舞台に心に傷を負った人々が集まる中でそれぞれが人生を見つめ直し、前へと進むその群像劇をとても丁寧な筆致で描いている。

 今作では、沢井を演じた役所広司の九州弁もなかなか良い。そして、あどけない宮崎あおいもやはり存在感がある。

19.『セルピコ』(Serpico、1973年)

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 米ジャーナリストのピーター・マースが執筆した実在の警察官フランク・セルピコの伝記をシドニー・ルメット監督が映画化。ニューヨーク市警に蔓延する汚職や腐敗に立ち向かう警察官の実話。主人公フランク・セルピコアル・パチーノが演じている。

 意気揚々と正義感の強いセルピコが警察官となったものの、そこで待っていた彼の理想とかけ離れた現実に次第にセルピコは反感を覚えて一人反抗していく中で同僚に撃たれるという事件を通し彼の半生を遡る。

 70年代のヒッピースタイルに身を包んだアル・パチーノが最高にクール。彼はこの作品でゴールデン・グローブ主演男優賞を受賞している。

20.『鉄コン筋クリート』(2006年)

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 1993年~94年に『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載された松本大洋による同名漫画をマイケル・アリアス監督がアニメ映画化。ヤクザが蔓延る宝町を舞台にホームレスのクロとシロという驚異的な身体能力を持った少年たちが、蛇という外部の男とヤクザが結託して企む都市開発計画に宝町を守るために立ち向かっていく物語。

 松本大洋と言えば、『ピンポン』や今作で一躍有名となった漫画家であるが、彼の二人の対照的なヒーロー像が反発し合いながらも大きな敵に向かっていくという彼独自の世界観がその最大の魅力だろう。

 独特のタッチの人物像、疾走感あふれる戦闘シーンがアニメとして彼の世界観を楽しめる最良の作品に仕上がっている。

 いかがだっただろうか。今後もこの調子で紹介していきたい。振り返るとアジア映画が無かったので、次回はそこもカバーしていきたいと思っている。これをきっかけに原作にも興味を持ったり、逆に映画に興味を持ったりしてもらえれば幸いだ。